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天才の極地


「シッ!」


 クレインは接近し距離を詰めながら、魔法を発動させる。

 彼の周囲に浮かび上がるのは、赤・青・緑・橙・白・黒の六色の光球。

 それらが高速で回転しながら、彼の周囲を旋回し始める。


「六属性の、同時行使だとっ!?」


 どのような攻撃を繰り出されても動じなかったジャビエルは、迫り来るクレインを前に驚きを隠すことができずにいた。

 だがそれも無理なからぬことである。


 複数の属性を操ることができるといっても、普通はせいぜいが二属性まで。

 三属性を操ることができるものは稀で、四属性を操ることができる者は大魔導師の素質を備えていると言われている。


 だがクレインは無属性を含めて、七属性全てを操ることができる天才だ。

 そして彼は複数の魔法を、常に同時に行使し続けることができる。


(流石に六属性同時は……バランスを保つのが、キツいね……)


 魔法の属性には、ある程度の相関関係がある。

 たとえば火は水を蒸発させることができるが、風によって容易に吹き消される。風は土を風化させることができるが、水に風を打ち込んでもその勢いを殺されてしまう……といったように。


 魔法には属性同士の相性というものがあり、その中には相反する性質を持つものもある。

 故に複数属性の複合魔法を使う場合、その反発を己の魔力を媒介として使うことによって中和させる必要がある。


 だが現在クレインは、六属性全てを中和することなく用い続けていた。

 よく見れば彼の周囲を旋回する魔法達は、規則的な動きをしていないことがわかる。


 在る場所で留まったかと思えば身体にぶつかりかねぬほどに近づいたりと、光球はでたらめな軌道を描きながら高速で動き回っている。


 クレインは己の魔法の出力を魔力を継ぎ足しながら調節することで、それぞれが相関関係を持っている六つの魔法を統御しているのだ。


 反発し合う相互作用を利用して推力に変え、飲み込まれそうになる光球に魔力を継ぎ足して高速で移動させることでその魔力的な慣性を利用する。


 彼の周囲に幾重もの魔法効果が渦巻き、一歩踏み出す度にそれは強く重なり合い、反発し合う。

 肌を焦がすほどの熱、吹きすさぶ風、裂けてゆく大地に、大気を湿らせる水。


 明滅する光と闇の世界の中で、クレインが一歩進んでいく度に世界が唸りを上げて変質していく。


「おおおおおおっっ!!」


 クレインは彼にしては珍しく、策や技を弄することなく、ただ全力で足を前に踏み出し続けた。

 そのペースはみるみるうちに彼我の距離がゼロに近づくほどに速い。

 彼は距離を取ろうとするジャビエルを上回るほどの勢いで、地を駆けてゆく。


「なるほど……魔王様が危惧するほどに高い貴様の魔法の才! その芽、完全に咲く前に潰させてもらうぞ!」


 ジャビエルは走るのを止めると、その場に留まりながら精神集中を始める。

 ほぼノータイムで魔法を連発できる彼が意識を集中させているということは、今から放とうとしているのはそれほどの一撃ということだ。


 ジャビエルが腰を反らしながら、両手を天へと掲げる。

 すると彼の頭上に黒色の炎が浮かび上がる。

 みるみるうちに巨大になっているそれは、まるで小規模な太陽であった。


 黒色のフレアを拡げるその小太陽のあまりの高温に、クレインの頬を熱が舐める。

 未だ距離があるにもかかわらずこれでは、直撃をすれば間違いなく一撃で消し炭になるだろう。


(けどそれでも……負けるわけにはいかないっ!)


 侯爵としての矜持。領民が防衛に身命を賭しているにもかかわらずなにもできなかった鬱憤。

 正の感情と負の感情の全てを乗せて、クレインは前へと進んだ。


 彼は自身の周囲の魔法を制御しながら、同時に自身に可能な最大出力で無属性魔法である身体強化を発動させている。

 マスキュラーが規定しているところのレベル7、常人であれば使っているだけで筋肉が断裂し血を噴き出すほどに高い出力。


 たゆまぬ鍛錬によって魔法と身体能力双方を極めて高い水準で維持してきた彼だからこそできる、身体強化を含む、七つの魔法の同時行使。


 ほとんどの人間が至らぬことができぬ武道の極地のその一端が、ここにあった。


「――黒死の太陽(ヘル・フレア)!!」


 まず最初に技が完成したのは、ジャビエルの方であった。

 彼の頭上に顕現した極めて巨大な黒火球が、そのまま前方へと落ちていく。


 それはまるで太陽そのものが落下しているかのような、雄大さすら感じさせる光景であった。


 そのあまりの巨大さは、ジャビエルに近づこうとするクレインが直撃コースから逃れられないほど。

 けれど彼の瞳は光を失わず、キラキラと輝いていた。


 彼が選んだのは横でも後ろでもなく、前だった。

 避けるために距離を離すのではなく、今以上に距離を詰めるために前に出る。


(今までの僕じゃ、まだ足りない。だからここで限界を……超えるッ!)


 このままでは直撃は避けられない。この難局を乗り切るためには、今までの自分を超える必要があった。


 故にクレイン彼は七つもの魔法の同時行使によって既に感じている身体にあった違和感を無視しながら、更にギアを上げる。


「身体……強化ッ!」


 身体強化の出力を、レベル8相当にまで上げる。

 マスキュラーを含めてこの世界に使い手が五指もいないほどの身体強化は、足を前に出す度に彼の身体を蝕んでいく。


 だがそれでも足は速まる。

 筋肉が断裂し、瞳から血の涙を流しながらも、その足取りは止まらない。


「おおおおおおおっっっ!!!」


 そしてクレインは黒死の太陽が眼前に迫る中、己の魔法を発動させる。

 限界まで反発を繰り返し既に残像が光の尾を引きとぐろを巻いている六つの光。


 それが今、振りかぶるクレインの剣へと収束していく。

 六つの魔法と、その支えとなる一つの魔法。合わせて七つの魔法からなるその一撃の名は――


七鍵斬明剣(セブンズソード)!!」


 クレインの一撃が放たれ、それとタイミングを同じくして……屋敷ごと押しつぶすほどの巨大な太陽が、全てを呑み込んでゆく。

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