表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/55

勝ち筋


『ジャビエルは火力が高くて速い、パワー兼スピードタイプだ。一応弱点は光属性だが、ぶっちゃけお前が真っ向から戦ってもかなり分は悪いだろうな。クレインと戦い方が似てて、あっちの方が基礎的な能力値が高いものと考えてくれればいい』


 クレインが戦闘態勢に移ったジャビエルを前に思い出すのは、事前にマスキュラーに教えられていた情報であった。


(まったく、マスキュラーは本当にひどいこというよね……まあだからこそ、信頼できるんだけど)


 クレインにとって、マスキュラーは初めて接するタイプの人間だった。

 力を持っていて、どこまでも我を通すことができるからこそ、裏表がなく、どこまでも真っ直ぐ。


 たとえ相手が権力者だろうと萎縮することなく自分を貫き、忖度なく容赦のないことを言ってくる。


 最初は面食らったものだったが、クレインにとって今の彼の態度は非常にありがたいものだった。

 侯爵になってからというもの、自分と対等に接してくれる人間がクレインにはいなかった。

 貴族社会で暮らす彼にとって、人間関係とは爵位の上下でしかなかったからだ。


 だからこそクレインは、稽古の時に自分のことを容赦なく殴ってくるマスキュラーが新鮮で、それ故彼に惹かれた。

 彼はアリアベル以外に信を置くことができた、初めての人間かもしれない。


(さて、そしたらマスキュラーに恥ずかしく思われないくらいの戦いぶりを、してみせなくっちゃね)


「行くぞ、人間ッ!」


 両者共に精神を集中させ、魔法発動の準備に入る。

 練度の差か、まず先手を取ったのはジャビエルの方だった。

 彼が右手を前に出すと、その先の虚空へと黒色の魔力が流れ出す。


 流れるように操作された魔力が明確な形を取り、魔法という超常の現象へと変じていく。

 現れたのは黒色の炎。


(火と闇の複合魔法……いや、やつの持つ固有能力か!)


 『ソード・オブ・ファンタジア』と違い、この世界にスキルは存在していない。

 一定の修練を積むことで使用が可能になる力は、能力という形でひとまとめに括られている。


 だがひとえに能力と言っても、その中にも当然格の違いは存在する。

 能力群の中でも一際強力な能力のことを、通常の能力と区別して固有能力と呼ぶ。


「まずは小手調べだ」


 ジャビエルがぱちりと指を鳴らすと、彼の周囲に浮かんでいた十を超える火の玉が、クレイン目掛けて襲いかかる。

 それぞれが異なる軌道で飛ぶ黒炎球は、その全てがクレインに狙いを定められていた。

 弾速は高速で、一つ一つ照準をつけ迎撃するだけの時間はない。


「水プラス光……セイントウォーターシールド」


 クレインが発動させるのは、聖性を帯びた水の壁。

 二つの上級魔法を組み合わせた複合魔法である光と水の壁が、打ち付ける黒炎と激突する。


 悪寒を感じ急ぎ右へ良ければ、着弾した黒炎球が水を打ち壊し先ほどまでクレインがいた場所へと飛んでいった。


「避けられたか……では、これならどうだ?」


 続いてジャビエルが発動させたのは、土の槍であった。

 本来であれば土色を帯びるはずの槍は変質し、硬く高質化している。


 黒曜石を思わせる鋭利な槍は、その切っ先をクレインへと向け襲いかかっていく。


(魔法の展開速度がかなり速い……たしかに魔法戦だと、こっちが不利か)


 クレインは自身と槍の間に水を発生させ、槍が水を透過するタイミングで身体強化を発動。

 素早く身を翻すと、そのままジャビエルへと向かっていった。


 同時に風魔法を使うことで追い風を発生させ、ジャビエルの下へと向かう。

 クレインの得物は侯爵家に代々伝わる家宝の剣、風神剣オラクル。

 いかな魔王軍幹部といえ、食らえばただでは済まないだけの代物だ。


 クレインはそのまま握りを強くすると、無防備なジャビエルの胸へと剣を突き立てる。

 だが刺したはずだというのに、手にかかる感触が軽い。

 剣を突き立てたはずのジャビエルの身体が霞のように消えていき、黒い靄が残った。


(火球とは思えぬ威力に、土の性質すらも変えるアースランス、それに実体があると錯覚するほどの霧の幻影……こいつが持っているのは、魔法の性能を強化させる固有能力!)


 クレインはそのまま、数歩先へ現れたジャビエルへと剣を振るう。

 けれどその全ては、掠ることもなくかわされる。

 ジャビエルの動きは、武道を修めている人間のそれではない。

 ただ己の肉体のスペックによって強引に攻撃を回避していることが、クレインにはすぐにわかった。


 クレインの剣撃に対し、ジャビエルは伸縮自在な爪を使いそれを迎撃する。

 溜めを作り威力を上げた一撃は、ジャビエルが軽く振るう爪で防がれる。


 人と魔物、根本的な膂力が違うのだ。

 それに彼の魔法に対応するために常に魔法を使う余裕を残しておこうとしている現状下では、これ以上身体強化の出力を上げることも難しい。


 だがクレインは決して悲観してはいなかった。

 なぜなら自分より強力なスペックを持つ人間を、クレインは既に知っている。


 故に彼に会っていなければ驚いていたであろう(・・・・)状況を前にしても、焦ることなく最善手を打ち続ける。


 膂力が足りないというのならば、それを技でカバーすれば良い。

 クレインはジャビエルの攻撃に真っ向からつばぜり合いをしようとはせず、彼の攻撃を受け流しながら態勢を崩すよう、攻撃をカウンター主体に変えていく。


「ちいっ、小癪なッ!」


(攻撃力自体は高い、一発もらえばアウトだけど……幸いにも術理がない。獣の相手をするのに似ているかな)


 ジャビエルの攻撃を捌きながら、クレインは的確にカウンターを当てていく。

 我流とはいえ何万という拳打を放ち続けることで洗練された動きを見せるマスキュラーと比べれば、動きは稚拙そのもの。攻撃を合わせることなど造作もない。


 だが彼が渾身のカウンターを見事に決めても、その一撃はジャビエルの皮膚をわずかに裂くに留まっていた。


「ちっ、うざったい!」

 

 ジャビエルが腕を振れば、黒い色味を帯びた熱波が襲いかかる。

 クレインは即座に水魔法を使い自身の盾を生み出したが、熱はそれすら貫通してクレインの身体を焼いた。

 即座に回復魔法を使い応急処置を行う。


 回復魔法があるのは水魔法と光魔法の二つ。

 前者は持続的な回復能力に優れ、後者は瞬間的な回復量に優れている。


 故にクレインは光の回復魔法を使い応急処置を行った上で、水の回復魔法を使い戦いながらに傷を癒やしていく。

 数合のやりとりを繰り返すうちに、先ほどつけられていた傷は跡形もなく消えていた。


 ジャビエルと接近戦を繰り返し、互いに攻撃の間隙を狙う形で魔法を撃ち合う。

 近・中・遠というあらゆる距離で、クレインはジャビエルとの攻防を続けた。


(なるほど、これは確かに……相性が悪い。というか、技を捨てた僕の最終形みたいな感じだね)


 戦いの中で、彼はマスキュラーが言っていたことの意味を理解する。

 ジャビエルとクレインは、基本的に戦い方が似通っているのだ。


 性能を上げた魔法と魔物としての高い身体性能で押し切るジャビエルと、六属性全てを使いこなし臨機応変に立ち回りながら、身体強化によるスペックの向上で近距離戦でも隙のないクレイン。


 近距離遠距離でも戦える魔法戦士タイプの二人は、たしかに極めて相性が悪い。


 もし自分が勝とうとするのなら、相手と同じ土俵で戦ってはダメだ。

 自身の魔法を、武技を、ある一点に偏らせて勝機を掴むことにしか活路はないだろう。


 それはあまりにもか細い、薄氷の氷を踏んでいった先にある小さな勝ち筋だ。

 その細い糸をたぐり寄せるためには、いくつもの死線を超える必要があるだろう。


 だがそれをやってのけなければ勝てないというのなら……身命を賭してでもやるまでだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ