激突
時を少し巻き戻し、四方での防衛戦が激化しマスキュラーが転戦をしている最中。
クレインはマスキュラーが跳んでいく前と変わらず、物見櫓の上から戦況を俯瞰していた。
「北は問題なさそう、西が少し危ないところではあったけど、マスキュラーが立て直してくれたおかげで問題なし……」
身体強化を使わず素の力と魔力凝集だけで確認をしているため、そこまで詳細な情報は見て取ることはできない。
だがそれでもおよその趨勢は理解ができる。
未だ魔物達との激戦が続いていることだけは、この場にいてもしっかりと把握ができていた。
(本当にこれでいいんだろうか……)
そう思った回数は、今日だけで両手で数え切れないほどに上っていた。
だがそれでもクレインは、もう一度考えずにはいられない。
果たして自分はここでただジッとしているだけでいいのか。
本当にこれが、領主としての最善なのだろうかということを。
マスキュラーが言っていたことを疑っているわけではない。
ただローズアイル家の当主として、領民達が傷ついているのを見ているだけという現状に我慢ができなかったのだ。
魔物が放つ魔法を見たクレインは、ぐっと下唇を噛み締めた。
出て行きたいという思いをこらえ、我慢を続ける。
クレインの心は煮えたぎるマグマのように熱を発していたが、彼はそれを努めて内側へと抑えこみ続けた。
表面上は普段と変わらず、冷静そのもの。
けれど今の彼の内側では、今までにないほどの激情が渦を巻いていた。
爆発をさせるのは、来るべき決戦の時だ。
彼はそのタイミングがやってくるのを、今か今かと待ち侘び続ける。
「……来たみたいだね」
魔力との親和性が高く魔力感知能力に長けている彼は、どこかの筋肉とは違い、接近する強大な反応に即座に気付くことができた。
超高速で接近してくる存在の発する魔力量は、クレインが今まで感じてきた中で最も兄弟であったマスキュラーのそれに勝るとも劣らぬほどに多い。
身体から発される魔力はどこまでも禍々しく、怖気を感じさせる黒色であった。
物見櫓から飛び降り、風魔法を使いふわりと着地。
それから数秒もしないうちに、ぐんぐんと近づいてきていた影が、バサリと翼を振って地面に着地した。
その見た目は、一見すると人とそう変わらない。
だが彼の背には、蝙蝠のような骨張った翼が生えている。
そしてその瞳は琥珀色で、猫のように瞳孔が細く長い。
覗く犬歯は喉元を貫けるほどに鋭く、爪は物を裂けるほどに長い。
その魔物こそ、此度の魔物の襲撃騒ぎの元凶にして、クレイン達が狙っている大将首。
「我はジャビエル……魔王軍第三軍団長、『鮮血』のジャビエルである」
(……とてつもない魔力量だ。マスキュラーを見て慣れていなければ、気圧されていたかもしれない)
クレインはそう内心でひとりごつ。
周囲にいた兵士達やメイド達は、既に指示通りに退避してもらっている。
少なくともこの屋敷の中で戦っている限り、誰かを巻き込んでしまう心配はない。
「思っていたよりもずいぶんと元気そうだな。もう少し削ったところを襲うつもりだったのだが……」
「君が差し向けた魔物が大して強くなかったからね。わざわざ僕が出るまでもなかったよ」
「ふむ、少なくとも俺が確認した限り、このオルドの街に急な魔物の襲来に耐えきれるような力はなかったはずだが……」
どうやらあちらに街の情報が漏れていたらしい。
魔物の中には己の視界を他者に投影できるものや、人に化けることができるものがいる。
恐らくは事前に、しっかりと情報を集めてから今回の作戦を立てていたのだろう。
(マスキュラーからの情報がなかったら、というか彼がいなかったらと思うと……ぞっとするね)
きっとそうなっていた場合、オルドの街は突如として襲来した大量の魔物に対応するために右往左往することになっていただろう。
当然ながらクレインも各地を転戦して回っていたはずだし、余力を残しながら戦うことなど考えもしていなかったはずだ。
そこに目の前のジャビエルが来ていれば……恐らく自分はなすすべもなくやられていただろう。
本来であれば火事場の馬鹿力によって覚醒し、ジャビエルに癒えぬ傷を負わせることができる……などということを当然知るはずもなく。
クレインは冷静に彼我の戦力差を分析していた。
彼の内心では勝てるのかという冷静さと、なんとしてでも勝つという熱が身体の中でせめぎ合っている。
戦いには情熱が必要だが、ただ発される熱の赴くままに戦っても勝利を収めることはできない。
冷静と激情の狭間で、その手綱をたぐりコントロールすること。
それが今の自分に残された、唯一の勝ち筋であることを、クレインは確信する。
「さて、貴様には死んでもらおう……魔王様の障害となり得るあらゆるものは、このジャビエルが排除させてもらう」
「やれるものならやってみるといいさ。――あまり人間を、舐めない方がいい」
そして両者が、激突する――。




