大丈夫
街の防衛戦が始まってから、既に四時間ほどの時間が経過した。
魔物達の散発的な襲撃に対応しながら各個撃破を繰り返し続け戦果を上げ続けるアリア達。
彼女達の奮戦のおかげもあり、やってくる魔物達の数は目に見えて減り始めていた。
ただ魔物の数が減るということは、何も楽になることを意味しない。
むしろ戦いが続けば続くほど、その戦いは激しいものになっていく。
遅れて戦場にやってくる鈍足の魔物達は、その分だけ身体が大きく、強力な個体が多いが故である。
強力な魔物達に対する兵士達の士気は変わらず高かったが、それでも魔物の勢いを完全に殺しきることはできなかった。
既に数度ほど原始的な紐やはしごを使って城壁上への魔物達の侵入を許してしまっている。
当然ながら人間側にも被害が出ていた。
未だ死者こそ出ていないものの、魔物との戦闘で重傷を負った者達の数は既に片手で数え切れないほどには増えている。
魔法使い達は攻撃を食らわないほどに遠距離から攻撃を続けているため、脱落者は未だ出ていない。
けれど疲労困憊で魔力回復ポーションを飲みながらなんとかして魔法を使い続けている彼らの疲労は、既に限界に達しつつあった。
「あ、あれは……」
後方から聞こえてきた絶望の色の混じった声に、アリアは即座に視線を上げる。
するとそこには、一体の魔物の姿があった。
その姿を一言で言い表すのなら、巨大なテディベアというのが相応しいだろう。
くりくりとした目をした三メートルサイズのテディベアが、ふよふよと宙を浮かびながらこちらに近づいてくる。
魔物についての造詣にも深いアリアは、決して有名ではないその魔物の名を知っていた。
「ミークルブルーイン……」
アリアの呟きは、剣戟と魔法の音にかき消されて消えていく。
ミークルブルーイン。
そのかわいらしい見た目からは想像できぬほどに、強力な魔物である。
ミークルブルーインは風を操り、竜巻を自在に起こすことができる。
冒険者ギルドによる討伐難易度はA。
彼らの虎の子であるAランク冒険者を使いようやく討伐ができるほどといえば、その強さをおよそ理解することができるだろう。
魔物単体で街を落とすことができるほどの、極めて凶悪な魔物である。
「KYAU!」
ミークルブルーインが、ぽてっと大きく膨らんでいるファンシーな手を振るう。
瞬き一つに満たぬ間に、その身体の周囲で風が渦を巻き、形を取って城壁上のアリア達へと襲いかかる。
「ウォーターウォール!」
判断は一瞬、アリアは即座に防御に移る。
即時で込められるギリギリの魔力量を込めた彼女の防御魔法は、辛くもその一撃を押しとどめてみせた。
魔法使い達がほっと息を吐いたのも束の間、彼らはすぐに息をのむことになる。
「KYUKYUU!」
ミークルブルーインの周囲には、今と同じ規模の竜巻が既に五つ以上できあがっていた。
絶望に染まる魔法使い達の顔色は見ず、アリアは即座に天に目掛けて火球を放った。
「KYU?」
そのあまりにも突飛な行動に、ミークルブルーインは首を傾げる。
自分に攻撃をするでもなく、ただ誰にも当たらない攻撃をするとは。
その間にも竜巻はどんどんと大きくなっていき、先ほどアリアが防いだものに倍するほどのサイズの竜巻が下にいる魔物やその死骸を巻き上げながら、尚も大きくなり続けていた。
「大丈夫です!」
竜巻の一つが、城壁へと襲いかかる。
アリアは声を張り上げながら、その一撃を自身の魔法で相殺してみせる。
一体何が大丈夫だというのか。
誰もがアリアの言葉の真意を理解することができずにいた。
二撃、三撃、そして四撃。
歯を食いしばりながら、アリアは魔法を連続で行使して攻撃を城壁から逸らしてみせる。
そして最後の五発目の竜巻へ、彼女は自身が最も得意とする魔法をぶつける。
「テンペストタイフーン!」
互いを飲み込まんと、二つの竜巻が激突する。
結果として竜巻は対消滅を起こし、わずかな凪だけが戦場を満たした。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
アリアが荒い息を吐きながら膝立ちになり、後方に居た魔法使い達が急いで彼女に肩を貸す。
ただでさえ魔力回復ポーションを使いながら、だましだまし魔法を使い続けていた状況下での、五連続での大規模魔法の行使に、肉体が悲鳴を上げている。
けれどアリアはそれでも目の前の魔物に屈することなく、その瞳はキラキラと輝いていた。
「――大丈夫です」
アリアはもう一度、そう繰り返した。
その奮戦を目の当たりにしたからか、尚も屈さずに立ち向かうアリアの後ろ姿に感銘を受けたからか、危機的状況にもかかわらず、諦めている人間は誰もいなかった。
「KYUUU!!」
ミークルブルーインは既に新たな五つの竜巻を生み出していた。
そしてその五つが混ざり合い一つになり、巨大な竜巻を形成してゆく。
あの一撃が当たれば、城壁もただでは済まないだろう。
腕が振られ、巨大な竜巻は地面をめくり上げながら進み始める。
魔物達を挽肉に変えながら、アリア達ごと城壁を飲み込まんと迫ってくる。
けれどアリアは、絶望していなかった。
――自身が兄の次に信じているあの人が助けに来てくれる。
彼女はそう信じて、疑っていなかったからだ。
大竜巻が城壁に激突する、その刹那――
「――よく頑張ったな、アリア」
フッと音もなく、暴威を振るっていたはずの竜巻が消える。
変わるように彼女の前に現れたのは、一つの影だった。
兄よりも大きな、たくましい背中。
誰よりも頼れるその背中を持つ男こそ……
「まあ、後は俺に任せとけ」
アリアの師であり、頼れる異性であり、そして彼女が大丈夫といっていた根拠でもある……『不可触』のマスキュラーその人だった。




