防衛戦開始!
「来たね」
「ほぅ……たしかにメインは北みたいだが、西と東の方にも結構数がバラけてるな」
俺とクレインの視界の先に、地平線の向こう側まで続いているんじゃないかってくらいに大量の魔物の姿が映る。
東京タワーのてっぺんから下の方を見下ろした時のようなごま粒サイズのやつらもいるので、その数は相当だろう。数千……下手したら万を超えてるかもしれない。
「伝令、作戦に変更無し。戦力を北に集中させるよう伝えてくれ」
「「「はっ!」」」
クレインの声を聞いた伝令兵達が、敬礼をして即座に馬に乗って散っていく。
俺はクレインと共に、ローズアイル家の敷地に留まっている。
二人で立っているのは、クレインが用意させたバカデカ物見櫓の上だ。
クレインが最前線に立っていないのは、もちろんやってくるジャビエルを見越してのこと。
そして俺がここにいるのは、いざという時にすぐに救援に迎えるよう、四方の様子が確認できるこの場所がちょうどよかったからだ。
この物見櫓、今回のために特注で作ったらしい。
高さが十メートルくらいあり、サイズは決して大きくないというのに、揺れは驚くほど少ない。
「高かったんじゃないのか?」
「エルフとの交易で手に入れたんだ。まあ……値段がつかない類いの品だね」
この世界にはとんでもなくデカい、ゲームで言うところの世界樹みたいな樹が存在しているらしい。
そんなファンタジー木材を使えば、建築学的には絶対アウトでも安定感抜群なものができるらしい。
ちなみに俺は今回の戦いに先駆けて、このファンタジー樹木の武器を一つ作ってもらっている。恐らくそいつのお披露目をするのも、そう遠い話ではないだろう。
「来たみたいだ」
魔物達の足は速い。中でも特にスピードのある四足歩行の獣型の魔物達は、既に城壁にかなり近づいてきている。
クレインの表情は真剣そのもので、俺の方も少し気が引き締まる。
もし失敗すれば街の中にまで魔物が雪崩込んでくることになる。絶対に失敗の許されない戦いだ。
「頼んだよ……アリア」
クレインの声が風に溶けて消えていくと同時、戦端が開かれる。
一番最初に戦陣を切ったのは、アリア率いる魔法部隊であった――。
オルドの街北門。
一番の激戦地であるその場所で、アリアは采配を振るっていた。
「リエル!」
「はっ! 投擲開始ッ!」
アリアの声かけにより、城壁の上にいる兵士達が手に持っていた素焼きの壺を投げつける。 既に眼下に迫っている魔物達の頭上に降り注いだそれらは、落下の衝撃でパリンと音を立てて割れていった。
中から飛び出したのは、ぬめぬめとした光を放つ油――数ある油の中でも最も延焼性に優れたオイルトードのガマ油である。
油に足を絡め取られた魔物達が転んでいく。
何かに駆り立てられるように全身を続ける魔物達は前で転んだ個体を気にせずに突っ込んでいくために、先頭にいたはずの魔物は後列に踏みつけられてあっという間に挽肉になっていった。
その様子を冷静に観察しながらアリアは、精神集中を続ける。
「構え……撃てぇっ!」
そしてアリアの号令と共に、彼女が指揮する魔法使い達が魔法を放つ。
その属性は火。
放たれる炎槍や火球が押し寄せる魔物達に命中していく。
目を瞑って撃っても当たるほどに密集していた魔物達は、荒ぶる火によって次々と命を散らしていった。
「「「GYAAAAAU!!」」」
狼の形に偽装をした樹木系の魔物であるフォレストウルフ。
獣系の魔物の中でも高い俊敏性を誇るパンサーレオ。
サーベルのように鋭利な牙で獲物の喉を噛み千切るサーベルレオパード。
頭上から降り注ぐ魔法によって絶命していく魔物達。
魔法による純粋なダメージにより絶命した魔物達はまだ幸運だったのだろう。
死にきることができなかったものは油による延焼でダメージを受け、その業火から逃れるために手当たり次第に周囲に身体をこすりつけ、そしてそれがまた近くにいる魔物達にその火を伝えていく。
めまぐるしい勢いで魔物達が減っていくが、アリアの顔に油断はない。
少し目線を上げればそこには、ゴブリンやオークを始めとした二足歩行の魔物達の姿がある。
知能の低い四足歩行の魔物達との戦いはいわば前哨戦。
城壁を登り、壊せるだけの知能を持つ彼らとの戦いが始まるここからが本番だ。
「ふぅ……」
己の魔法の射程距離は、マスキュラーによって何度も何度も、目を瞑っても把握ができるほどに確認させられた。
目算で距離を測れば、魔物達が己の射程に入るまで後十歩ほど。
ゆっくりと息を吸い、吐く。
不思議と緊張はなかった。
アリアは自然体のまま、手を城壁下へと向ける。
アリアが使うことの出来る属性は火・風・水・光の四つ。
六属性全てを使いこなすことができる兄と比べれば、物足りないのかもしれない。
けれど今の彼女は、それを必要以上に卑下することはなかった。
――世の中は才能だけが全てではないと、誰かさんに教わったから。
「ファイアフェニックス!!」
彼女は精神を集中させ、今の己に放つことのできる最大火力の一撃を放つ。
不死鳥を象った白色の炎が、眼下の魔物達へと急降下していく。
爆発、そして閃光。
目を開けていられないほどの光が収まった時、そこには下の色がわからぬほどに黒焦げになった大量の魔物の死骸が横たわっていた。
戦場が、一瞬静寂に包まれる。
大量に焼け焦げた魔物達を見てこくんと頷くアリアを見て、周りの魔法使い達も、投擲を続けている兵士達も、声を失っていた。
「姫様に続け! 無様を見せるわけにはいかないぞ!」
「「「おおおおおおおっっ!!」」」
騎士リエルの声を聞き、兵士達は発奮する。
領主の一族がこうして命を賭して最前線にやってきていることを、頼もしいと思わない兵士はいない。
士気が上がった彼らは静寂を打ち破るように叫び、魔物達への攻撃を再開する。
「行きますよ……今ですっ!」
魔法部隊の全体を率いているのはアリアだが、彼女が部隊全体に目が行き届いているわけでゃない。
ローテーションで休みを取るという意味合いもかねて部隊は四つの分隊に分かれておりそのうちの一つはミモザが率いる部隊であった。
序盤に派手に火魔法を見せたおかげで、彼らは火攻めを警戒して散開しながら攻撃を加えてくるようになった。
おかげで攻撃も散発的になり、休憩を取りながらでも十分に対応ができる程度になってくれた。
油を投擲し終え魔物が散るようになってからは、火魔法だけでなく各々が得意な魔法を使って攻撃をし始める。
ミモザは水魔法を相手の頭部に固定させ、そのまま窒息死させる形でキルレートを稼いでいく。
「我々も打って出るぞ!」
だがいくら魔法使いがローテーションをしながら休み休み戦ったとしても、人が持っている魔力量には限界がある。
魔法使い達に休みを取らせるために戦うのは、事前に土魔法で作っておいた坑道を使って地上に出てきた兵士達だ。
いくつかの分隊に分かれて魔物を各個撃破していく者達の中には、リエルの姿もあった。
ちなみに彼女が使っているのは新調した剣だ。
マスキュラーの説明の甲斐あって、今回は普通にローンで購入している。
「ふんっ!」
リエルの斬撃はオーガの胴体を真っ二つに断ち割り、囲もうとしてきたリザードマンを撫で斬りにし、そして土の中から飛び出してきたアースワームをかっさばいていく。
「す、すげぇ……」
彼女は兵士達の分隊を取り纏める部隊長として活躍していた。
その雄志を見た兵士達が、その美しい舞のような剣技に見とれている。
「ふふんっ。皆の者、私に続けッ!」
まんざらでもないリエルはそのまま魔物へと向かっていき、魔物の数を討ち減らしていく。
こうして時に各個撃破を行いながら、兵士と魔法使いの合同作戦によって魔物は順調にその数を減らしていくのであった。




