街ブラ
オルドの街の中を歩くのは、実は街にやってきた時ぶりかもしれない。
何せ俺の生活と来たら、生活が宿と屋敷の往復でほとんど完結してしまっているからな。
おかげで街のことなんざほとんど何も知らないわけだが、そんな俺とは対照的にアリアは街のことならなんでも知っているようだった。
なんでも定期的に街を抜け出ては市井の生活を見て回っているらしい。
「なぁリア、あれはなんだ?」
「あれは細工屋さんですわね。ブローチやブレスレットなんかを売っております。ただ流行りには疎いみたいで、お客さんはそんなに多くなかったはずです」
「ほぉ……それじゃああれは?」
「お肉屋さんですわ。他の肉屋と比べると豚肉が割り安だったはずです」
リアといういかにもな偽名を使っている彼女は、手慣れた様子で街の案内をしてくれる。
いや、いくらなんでも馴染み過ぎだろ。
肉屋の値段まで知ってるとか、相当だぞ。
「おじさま、そちらのマンゴーを二つくださいな」
「あいよ、二つで銅貨五枚ね」
ただしっかりと庶民っぽい服に着替えているものの、その高貴さが隠し切れていない。
なんとなくなんだが、街の人達を見る感じ皆正体にうすうす感づいていそうな感じもする。
「どうかされましたか、マスキュラーさん?」
「……いや、なんでもないさ」
ただ本人が楽しそうだし、敢えて教えてやることもないだろう。
俺がバチバチに鍛えているおかげで、街のチンピラ風情に後れを取ることもないだろうし。
いかにも異世界な真っ赤なマンゴーを囓ってみると、思っていたより結構美味い。
以前食べた宮崎産の完熟マンゴーほどではないが、フィリピンのスーパーで買ったやつより美味いかなってレベルの決して悪くない味だ。
ここって亜熱帯ってほど暑くないんだが、トロピカルフルーツっぽい果物が採れるんだよな……流石異世界。
「……歩きながら食べるなんて、お行儀が悪いですわよ」
「スラム育ちだからな」
「……それを言えば何しても許されるわけじゃありませんわよ?」
「え、そうなの?」
「当たり前ですっ! そんなきょとんとした顔してすっとぼけないでくださいまし!」
アリアも俺の扱い方に随分慣れたようで、ノータイムでツッコむようになってきた。
最初と比べれば、随分と打ち解けてきたように思える。
他にも果物やサモサみたいな軽い揚げパンみたいなものを買ってから、広場に到着。
俺はそのまま地べたに座るが、アリアはハンカチを敷いてからスッと地面の上に座った。
俺が皮ごとワイルドに食べているマンゴーも、お上品に綺麗に皮を剥きながら食べている。
「果物はワイルドに食べた方が美味しいぞ」
「ふんっ、嘘つきさんの言うことなんて聞きませんわ」
「いや、これはマジ」
俺はリンゴとか桃とか、結構丸かじりで食べるタイプだ。もちろんみかんの白いびろびろとかも取らずに食べる。
気分の問題かもしれないけど、なんかその方が美味い気がするのだ。
フルーツそのものを食ってるって感じるからかもしれない。
「ほれ」
買っていたリンゴを投げてみると、アリアがそれをキャッチ。
まずは先に俺が皮ごと勢いよく食べてみせる。
アリアはその様子を見ると、おそるおそるリンゴに口をつけ……パクッと小さな口で、リンゴをかじった。
「……美味しいです」
「なんとなくだけど、切って食うより美味い気がしないか?」
「はい、ただ……いけないことをしている気分になります」
彼女はもう一口だけリンゴを囓ると、ナイフでリンゴをカットしてから、持参していたフォークでお上品に食べ出した。
その様子はずいぶんと手慣れている。
多分だけど、結構街に出てるなこりゃ。
クレインあたりは知ってるんだろうか?
本当ならあいつに言っておいた方がいい気がするが……
「美味しいですね、マスキュラーさんっ!」
こうしてこちらに屈託のない笑みを浮かべているアリアを見ると、そんな気はすぐに失せた。
俺が街でどんなやつに襲われても倒せるくらい強くしてやれば問題はないだろ、うん。
しばらく露店で買ってきたものを食べてから、なんとなくぼけーっと広場に座る。
元気に駆け回っている子供達や、芝の上に腰掛けてひなたぼっこをしている老夫婦。
いつもと変わらない街の日常がそこにはあった。
「マスキュラーさん」
「おう、どうした?」
「この街を、お願いします」
そう言って頭を下げるアリア。
なんで急に一緒に外へ出ようなんて言ったのか少し不思議に思ってたんだが……なるほど、俺に街の様子を見せて、街のことをもっとよく知ってもらうためだったのか。
俺がいざという時に本気を出さないなんてことがないように。
だがそれは要らん気配りというものだ。
俺が、君が好きなこの街を守らないはずがない。
それに……
「……違うだろ?」
「え?」
「一緒にこの街を守りましょう、だろ?」
守るのは俺一人だけじゃない。
街の兵士達も、クレインも、そしてアリアも。
皆で力を合わせてなんとかするのである。
「そう……ですね……ひゃんっ!? な、何を!?」
真面目な顔をして考え込んでしまったアリアの頭を、がしがしと撫でる。
結構乱暴に撫でたつもりだったんだが、不思議なもので彼女の縦ロールはまったく形を崩さなかった。
彼女のドリルは超合金製で、天を衝くドリルだったりするんだろうか。
「そんなに気負っても結果は変わらないさ。俺達は今できることをやるだけ……違うか?」
「そう……そうですね、マスキュラーさんの言う通りですわ」
機嫌を治した様子のアリアが街の人達を見ている様子を横目で見つめながら、俺ははぁとため息を吐く。
そして吐いてから、少しだけ落ち込んでいる自分がいることに気付く。
(デートじゃなくて説得だったから萎えるって……ガキかよ、俺は)
転生してからというもの、この身体に引っ張られてか、妙に感情の浮き沈みが激しくなることが増えた。
今も二人きりのお出かけが、なんだか少し味気ないものになった気がして、気分が若干落ちている。
「マスキュラーさん」
「……なんだ?」
「まだまだ夜までは長いですわ! 一緒に街を回りましょ!」
そういって立ち上がるアリアの目は、キラキラと輝いている。
そこになんとかして俺を引き留めようという打算はまったく見えない。
「マスキュラーさん、ここ最近なんだかお疲れのようでしたし。きっと良い気分転換になるはずですわ」
……はぁ、自分が嫌になるね。
アリアはあまり回りくどい策を弄するタイプじゃない。
だから今の彼女は、多分ただの善意で俺と一緒に遊んでくれているだけだ。
「うしっ、行くか!」
幸いにも気分の切り替えは大得意だ。
パシッと太ももを叩いてから、そのまま広場を出てアリアの後についていく。
そして俺達は日が暮れるまで街をぶらつき、露店を冷やかし続けるのだった。
これ、夕飯入るかな……。




