確かなこと
「……へぇ、魔物の数が激減ねぇ」
「そう、なんらかの異変が起こっているというのは間違いない」
執務室にて、俺は資料に目を通しているクレインと顔を合わせていた。
彼が得た報告とは、このオルドの街の周辺にいる魔物の数がここ最近著しく減少し始めている、というもの。
俺が居る時にこんな報告が下りてきたのは、天の采配ってやつなんだろうか。
「今のうちにはさほど余裕がないけど、この調子が続くなら、収穫の時期を見て森の開墾をさせるというのもありかもね」
オルドの街……というかグランダッド王国の街は、基本的に周囲を自然に囲まれている。
魔物という自然の驚異が存在する関係上、人間が暮らせる領域自体が領地全体から見ればかなり限られた地域になってしまっているからだ。
ただ森には危険も多いが、同時に恵みももたらしてくれる。
森に出現する魔物や野生動物の素材は、街に必要な食材や加工製品の材料として今や必要不可欠なものになっているのだ。
「魔物被害が減ることは喜ばしいことなのは間違いないけれど……特に何も理由なく魔物の数が減るというのは考えづらい。森の奥に強力な魔物でも生息するようになったのか、それとも魔物の生態が突然変異か何かで変わったのか……」
「……ふーむ」
突如として魔物が減ったその理由は、間違いなくオルドの街に対する侵攻の準備だろう。
魔物の中でも優れた個体は、他の魔物をある程度指揮することができるようになる。
魔王軍幹部ともなれば、大抵の魔物を操って一箇所に留めおくことなど造作もないに違いない。
森の奥に魔物を集め、そのままこちらに攻め入ってくると考えるのが自然だ。
ここまでどっぷりつかっている時点で、アドバイスをしないなんて選択肢はない。
俺は自分が持っている知識を、どうクレインに告げるべきだろうか。
上手いことぼかしながら、なんて器用なことはできない。
言うか言わないか、その二択だ。
……となれば答えは既に決まってるな。
「クレイン」
「どうしたの、マスキュラー?」
「――近いうちにオルドの街に、魔物の大規模侵攻が来る。有事の際のための備えに全力を尽くせ」
「うん、わかったよ。予備役も含めて、オルドの街の兵士達を招集させよう」
「……は?」
帰ってきた言葉に、思わず思考がフリーズする。
こいつ今、なんて言った?
ノータイムで頷いた気がするんだが……流石に俺の気のせいだよな?
「お前……正気か?」
「うん? だって来るんでしょ?」
「そりゃまあ、来るが……」
いやまあなんとなく、ある程度信じてもらえるとは思ってたけどよ。
ここまであっさり受け入れられると、どうやって説明するか考えてた俺がバカみたいじゃねぇか。
「マスキュラー、ちょっと前から色々と動き回ってたよね? 魔物の生息域の変化を調べるために、自分で森に向かったりもしてたでしょ?」
「……なんで知ってるんだ?」
「衛兵達から情報を集めればそれくらいのことはすぐにわかるよ。だからマスキュラーが何かを警戒してるのは既に知ってたのさ。まあ流石に魔物達の大規模侵攻とは想像してなかったけどね」
なるほど、考えるのが大して得意じゃない俺の行動なんてお見通しだったってことか。
行動が全部筒抜けと考えると、あんまり下手なこともできないな。
ひょっとして、俺が前に屋敷の花瓶にヒビを入れたこととかも、バレてたりするんだろうか?
「もちろん把握してるよ」
「怖っ! 貴族怖っ!」
だが今は話が早くて助かる。
俺が避難を始めろと言ってもただの戯れ言だが、領主が言えばそれも鶴の一声に変わるからな。
「ただそれでも僕からするとわからないことがあるんだけど」
「なにがだ?」
「自分で言うのもなんだけど、僕とマスキュラーがいれば大抵の魔物はなんとかなるでしょ? 君は一体、何を警戒してるの?」
「……」
どこまで言うべきかを悩む必要はない。
出所は言えない情報だが、それでも信憑性は高いのだ。
何せここは――俺がやりこんだ『ソード・オブ・ファンタジア』の世界そのものなのだから。
「お前が一人で戦っても勝てないくらいのヤバいのが来る。しかも質の悪いことに、狙いはお前だ」
「……なるほどね、君が警戒しているのはその魔物の首魁なのかい?」
「ああ、正直なところ、俺でも勝てるかわからない」
「……信じられないな、君でも勝てるか怪しいと?」
「戦ったことがないからな。正直なんとも言えん」
クレインと共闘でもすれば、案外すんなりと勝てるかもしれない。
けど二人で戦っても負けるかもしれない。
俺の力が果たしてゲームのボスクラスのやつらにどこまで通用するかは、やってみるまでわからないのだ。
だがそれでも、戦わないという選択肢は俺にはない。
アリアにクレイン、リエルにミモザ。
守りたいと思うやつらを守れないんなら、なんのため力を手に入れたんだって話だ。
それに、彼女達だけじゃない。
オルドの街で俺に優しくしてくれる八百屋のおっちゃんや肉屋のおっさん、そして宿屋の親父……いや、出てくるのおっさんばっかりだな!?
彼らも男だ。とりあえず自分の身は自分で守ってもらうことにしよう。
俺はクレインと行動を共にし、ジャビエルを共に迎え撃つつもりだった。
けれどそう話すと、クレインは首を横に振って、
「マスキュラー、君には城壁前に出てくるであろう、兵士達じゃ対処しきれない強力な魔物の相手をしてもらいたい」
「おいおい、話聞いてたのかよ。お前一人じゃ負けるくらいの敵なんだって」
「だって魔物はそいつだけじゃないんだろ? それなら市民を守るためにはいざという時に戦える君みたいな戦力がいた方が心強い。それに……その強力な魔物は僕を狙ってくるんだろう? だったらそいつが来たら君にわかるように合図を送るよ。そして君が来るまでは耐えてみせる」
「……信頼の篤いこって」
このイケメンはアリアに似て頑固なところがある。
一度言い出したら聞かないだろう。
それに確かにこの街が魔物に蹂躙されずに済むのなら、それに越したことはない。
魔物の襲撃の細かい内容まではわからないが、ゲームの状況から察するに、少なくとも城壁の内側に魔物に入ってこられるような状態にはなっていたはずだからな。
多分このまま何も対策を取れていなければ、城壁のどこかは破られるのだろう。
万全を期して俺が行くというのは、まあ悪くはないはずだ。
クレインの方も下手に戦場に出るわけにもいかないしな。
疲労している状態でジャビエルと戦うのはキツいだろうし、それにいざ城壁上で戦いが始まろうものなら、その余波で周りの奴らも無事では済まないだろう。
「わかったよ……死ぬなよ、クレイン」
「死なないよ。まだ君に一度も勝ててないからね」
「へんっ、言ってろ」
こうしてオルドの街はクレイン主導の下、魔物に対する防衛のための準備を始めることになった。
『ソード・オブ・ファンタジア』とは違った動きをすることでどのような変化が生まれるかはわからない。
ただ確かなこともある。
それはクレインが本気で、この街を守ろうとしてるってことだ。
であれば俺もそれに応えてやらなくっちゃいけないよな。
クレインのために……そして彼を信じているアリアのために。




