全属性魔法使いの実力
俺が使える魔法は、己の肉体をより強固なものとする身体強化ただ一つ。
今まで使った回数は優に一万回は超えているだろう。
そこまで使い続けていればイメージに必要な時間はほとんどゼロに近い。
一瞬のうちに身体強化を発動させ、接近する。
「はあっ!」
だが練達の使い手であることはあちらも同じ。
身体強化を使い接近するその間に、クレインも既に魔法を発動させていた。
鋭敏になった俺の五感が、足下の辺りから魔力の揺らぎを感じ取る。
むずむずとしたこの感覚は恐らく、クレインが魔法で地面に干渉している証拠。
考えたのは一瞬。
俺は大地を強く踏みしめると、そのまま大きく跳び上がった。
「がああああっっ!!」
「「ひいいっ!」」
「これは……あの時の」
視界の端で、先ほどまで俺がいたところの地面が一瞬のうちに泥濘と化したのが見える。
かと思うと、次の瞬間には赤熱化し、そこからマグマが噴き出していた。
土と火、水の三属性を混ぜ合わせた魔法か……食らってたら火傷くらいはしてたかもしれん。
だが弾丸如く飛び出した俺の動きをも、クレインは予測していたらしい。
彼の前に突如としてせり上がったのは、土の壁だった。
壁は一瞬光を発したかと思うと、激突の瞬間には緑色に変色していた。
金属でも混ぜて土の組成でも変えたのか?
まあなんにせよ……ぶち破るだけかっ!
「シッ!」
両腕をクロスさせながら、激突の瞬間に肘に力を込める。
パガンッと乾いた音を立てながら壁が破れた。
俺はそのまま壁の破片に飛び移り、角度を変えながら急降下。
するとそこには腕を上げて魔法を発動しようとしているクレインの姿があった。
(……妙だな)
クレインが向いている方向は飛んできている俺……ではなく、壊れた壁のあった方だった。
違和感は感じるものの、攻撃しない手もないのでそのまま軽く殴りつける。
すると俺の拳はクレインの身体をスッと通り抜けていった。
(なるほど、幻覚か。光と水属性の混合魔法ってところか?)
魔法は無・水・火・土・風・光・闇の合わせて七属性が存在している。
そしてアリアの話ではクレインはその全てを使いこなすことができるという。
属性魔法なんて一つを極めればいいもんだとばかり思っていたが、なるほどここまで多彩なことができるとなると、全部を極められると厄介かもしれない。
踏んだ地面に若干の違和感を感じていると、ズズッと足下から手が伸びてきた。
どうやら本人は土の中に隠れてたらしいな。
避けることもできたが、俺は敢えて足首を掴ませてやった。
そしてそのまま踏ん張ると、掴まれた右足を思い切り振る。
「おおおおおっっ!!」
「うわっ!? め、めちゃくちゃだ!!」
土の中に俺を引きずり下ろそうとしていたクレインを、力尽くで逆に地面から引きずり出してやる。
抵抗はさほど強くなく、クレインはスポーンと大根のように引っこ抜けた。
「隙有りだぜ」
「し、しまっ!?」
空中で無防備な態勢を取って自由落下するクレインのすぐ下には、拳を引き準備を整えている俺がいる。
そのまま握りしめた拳を放ち――ゴッ!
一撃をもらったクレインの口から泡が飛ぶ。
だがまだまだこんなもんじゃ終わらない。
俺は吹き飛んでいくクレインに合わせる形で更に攻撃を重ねていく。
威力と方向を上手いこと調節してやれば、隙間なく連撃を繰り返すことが可能だ。
クレインの方も当然ただやられるわけじゃない。
俺はクレインが繰り出した炎の槍を思い切り噛みつぶし、出された水の壁越しに身体を殴り、視界が閉ざされた闇の中でも的確にクレインのことを殴っていく。
たしかに俺にもダメージは来てるが、この程度ならすぐに動けなくなるほどじゃない。
相手の魔法を無視して攻撃し続けてやれば、みるみるうちにクレインが傷だらけになっていく。
「ごふっ……どんな体力してるんだい、マスキュラー!」
「まだまだ行くぞ、クレインッ!」
俺のラッシュを食らい続けるうちにクレインの方も魔法で迎撃する意味がないと考えたのか、彼は強引に風魔法で制動し、着地してみせた。
そしてそのまま身体強化を発動させ、こちらに向けて駆けてくる。
防御態勢に入るが……それを貫通するほどの衝撃ッ!
口の中に久しく感じていなかった鉄錆の味がやってくる。
「……ぷっ、やるね。お返しだッ!」
口から血痰を吐き出しながら頬を殴りつけると、アリアに似たクレインの端正な顔に俺のデカい拳の痕が残る。
侯爵相手に何やってるんだと冷静になっている自分もいたが、それでも今の俺には、握る拳を開くなんてことはできそうになかった。
「ぐっ……君もね! 流石にここまでとは思ってなかったよ!」
しっかりと武術を修めているクレインの攻防は、リエルのそれとは似て非なるものだった。
虚が即ち実となり、実すらも虚と変えてみせる。
攻撃の肝所がわからず、駆け引きをすれば必ずといっていいほどにこちらがババを引く。
特に厄介なのは、光と闇の二属性だった。
レアな属性で使えるやつにもほとんど会ったことがなかったんが……まさかこんなに厄介とはな。
「シッ!」
俺が殴ったクレインが、ぐにゃりとその像を歪めながら消えていく。
光魔法による幻覚だ。だが効果はそれだけではないらしく、クレインの残像が完全に消える瞬間、強力な光を発する。
身体強化は全ての感覚を鋭敏にする。故に閃光は普段に倍するほどの光量で視界を白く染め上げた。
その隙をついて攻撃しようとしてくるクレインの位置取りを、肉体から発されている魔力で把握する。
攻撃をしようとしていた無防備なクレインの顎下に一撃を入れることができた……が、浅いな。
流石に牽制用の一撃じゃあ大したダメージも与えられないか。
視界が回復したかと思うと、今度は俺の周囲が闇に包まれていた。
闇魔法による視界の阻害だ。
クレインは通常の魔法ではこちらが力尽くで突破してくるとみるや、こんな風に搦め手を使うようになってきた。
その判断も一瞬で、まったく躊躇がない。
誰よりも気高い男と聞いていたが、俺からすると俺と同じくらいに勝利に貪欲な飢えた狼にしか見えない。
スピードも力も、こちらの方が上だ。
しかし魔法の多彩さのせいで、受けているダメージはこちらの方が圧倒的に多い。
身体が頑丈なおかげでなんとかなっているが、さっきまでの優位は既に消し飛んでいる。
一撃はこっちの方が重いんだが、何せあちら側の総合的な戦闘能力が高すぎる。
本当に人生一周目かよ、二周目の俺ですら全然対応できないんだが。
……まあ俺は別に前世で武道の達人だったわけでも、誰かからしっかりとした武術を習ったわけでもない。
これが俺の限界ってやつか……よし、まずはそれを受け入れることから始めよう。
一応手はないではないんだが……あれを使うと本当に殺してしまいかねない。
俺がアリアのトラウマを作っては本末転倒もいいところだから、なるべく今出してもいい力の範囲でなんとかしておきたいところだ。
さっきの魔力撃よろしく、なんか新しい手を打つ必要がありそうだ。




