表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/54


 マスキュラーとして生活をして数日ほどが経ち、色々なことがわかってきた。


 まず最初に、俺は両親がいないいわゆる孤児だった。

 どうやら今までは両親から相続した家に住みながら、肉体労働をして日々の生活費を稼いでいたらしい。


 家の敷地はいわゆるスラム街の端にあり、雨漏りなんかもひどい。

 ギリギリ風雨がしのげているだけ、スラムの中ではかなりマシな方だが。


 体躯的にまだギリ成人してない……つまりは十五才より若いくらいだと思うんだが、どうやらマスキュラーの生い立ちは、思っていたよりかなりキツいものだったらしい。


 この環境でどうしてゲーム内であんなに陽気に育てたのかが不思議である。

 というか、ちょっと怖いレベルである。サイコパスかな?


 そして一番大切なこと。

 どうやらこの世界……レベル制やスキル制ではないらしい。

 仕事仲間に聞いてみたんだが、全員からこいつは何を言っているんだという顔で見られてしまった。


 どうやらステータス自体が明示されておらず、各種スキルも熟練度みたいな目に見えない形で蓄積されていくタイプのようだ。


 拳で岩をたたき割れるような拳闘士なんかもいるらしいから、熟練度が溜まればできることは俺が知っているものとそう変わりはないだろう。


 ただ、『ソード・オブ・ファンタジア』の育成理論はかなりの割合で通用しないことになる。

 でも、俺としてはむしろそちらの方がありがたい。

 マスキュラーが雑魚になるシステムなんていらんのだよ、ふはははは!


 さしあたっての当面の目標は、この日雇いバイト生活を抜け出すことだ。

 親方からどんなブラックバイトだよというくらいに給料をピンハネされてるし、その上で教育的指導(暴力)もされているのでいくらなんでも待遇が悪すぎる。


 先日までのマスキュラーなら騙せていたかもしれないが、今の俺は筋肉と頭脳を手に入れた二刀流。

 こんなブラックな仕事はさっさと辞めるが吉だろう。

 早速親方のところに行き、仕事をやめると言いにいくことにした。


 きちんと報連相はしとかなくちゃな。

 雀の涙みたいな賃金しかもらえてなかったとはいえ、ギリギリ生きていくことができるのは仕事をもらえてたからなんだし。




「マスキュラー、なんでも話があるんだって?」


 親方は右目に眼帯をした厳つい風体の男だ。

 顔面は傷だらけで、既に成人男性よりでかい俺よりも更に身長が高い。

 威圧感がすごすぎて、誰も親方の言うことに反抗することはできない。


 なんでも噂ではスラムの元締めをしているギャングと繫がってる、なんて話もあるくらいだ。

 ただこいつに使い潰されるつもりはないので、俺はさっさと要件を済ませることにした。


「親方……俺、今日で仕事やめます」


「あぁんっ!? なんか言ったかあっ!?」


 ガンを飛ばしながら、こちらに唾を飛ばしてくる。

 そのやり口はめちゃくちゃに手慣れていた。

 おそらくは今までもこうやって暴力の匂いを漂わせながら、離反されないように立ち回ってきたんだろう。


 ただ、どうしてだろうか。

 こうして現在進行形でめちゃくちゃに恫喝されていても、不思議とあまり怖いとは思えなかった。


 そんな俺の様子を見て意志が変わらないとわかったのか、親方がチッと舌打ちをする。


「言葉でわかんねぇんだったら……身体に教えてやるしかねぇよなあっ!!」


 振り上げられる拳。

 たしかに図体がデカく速度も速いが、それでも俺には止まっているように見える。

 俺はパシリと拳を受け止め……そのまま握りつぶした。


「あんぎゃああああああああっっ!!」


 拳の骨をベキベキに折られのたうちまわる親方を、ジッと見下ろす。

 俺はこんなやつにいいように使われてきたのか……と思うと、少しだけやるせない気分になった。


 ――力仕事をしていくうちにわかったんだが、どうやら俺の膂力は他の奴らと比べても明らかに強いらしい。


 これがステータスが高いからか、それとも自分でもわからないうちに身体強化の魔法でも使っているのかはわからない。


 ただ一つ間違いないのは、とりあえずスラムで食いっぱぐれることはないだろう、ということだった。


 親方のあの態度を見ていればわかるように、スラムでは力こそ正義だ。

 あまりにも原始的な社会構造が、今の俺にはありがたい。


 ギャングが縄張り争いをすることもあるこの場所では、荒事には事欠かない。

 これだけの力があれば、飯に困るようなこともないだろう。


 もちろん最終的にはカタギの仕事をするつもりなのであまり派手にやるつもりはないが……現状、俺には街へ向かう伝手がないからな。とりあえずしばらくの間は、スラムで生きていく必要がある。


「ひ、ひいいっ!!」


 半べそをかきながら俺に頭を下げる元親方から視線を上げれば、そこには頑丈そうな石造りの城壁が見えている。


 ――このスラムは街を覆う城壁の外側にある、文字通りの外の世界。

 内側に暮らす市民達と違い国民とは認められておらず、ただの流民として扱われている。


 現状を変えるためにはとにかく金が必要だ。

 市民権を得るために必要なものはわからないが、とりあえずしこたま賄賂を積めば一つや二つは手に入るだろう。

 そして今の俺にあるのは、この身体一つのみ。


「さっさと人並みの生活がしたいぜ……」


 俺は騒ごうとする元親方を足で押さえ、ギャングへの取り次ぎを頼むことにした。

 既に俺に屈服している元親方にそれに反抗する気力はなく。

 こうして俺は無事に仕事のための窓口を一つ手に入れるのだった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ