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アリア嬢の困惑


【side アリアベル・フォン・ローズアイル】


 私……アリアベルには、人生の目標があった。

 それは、若くして侯爵位をお継ぎになったクレインお兄様だ。


 お兄様は容姿も頭も良く、気高く、そして誰よりも強い。

 こうして兄として目の当たりにしていなければ信じられないくらいの完璧超人だ。


 貴族として必要な全ての才能を持って生まれたお兄様は、その上更に優しさまで持ち合わせていた。


 だから私が走れば、こちらに振り返ってくれるお兄様の姿が見える。

 けれどその背中は、いつだって遠くて。

 彼が自ら手を差し伸べてくれない限り、どれだけ手を伸ばしても届くことはない。


 私はあまり、自分に自信がなかった。

 そりゃああんな兄を持てば、当たり前のことかもしれない。


 お兄様は小さな頃から神童と呼ばれていたという。

 対して私はどうだろうか?

 同年代の子達と比べれば、たしかに良くできる子ではあるのだろう。


 けれどそれでも、良くて秀才止まり。

 ローズアイルの麒麟児と言われたお兄様には到底叶わない。


 いつしかお兄様は、私にとっての目標ではなくなっていた。

 どれだけ走っても追いつけない彼は、私にとっての憧れになった。

 比較するなんておこがましいと、私は兄と競うことをやめた。


 貴族家の長女として恥ずかしくない女性になり、ローズアイル家を、兄を支えて生きていく。

 それこそが私の生きる意味なのだと、そう考えるようになっていった。


 侯爵令嬢として恥ずかしくない振る舞いや言葉遣いをするようになり、私は兄を立てるために自分の人生を使おうという決意を固めるようになった。


 これもまた、ある種の成長なのだろう。

 そんな風に考えていた私の胸に……ある日大きな大きな風穴が空いた。

 それをしたのは突如として私の前にやってきた、嵐のような人だった――。









(……んん?)


 魔法使いは、他の魔法使いの魔力を知覚することができる。

 基本的に体内にある純魔力を見ることはできないのだけど、魔法に変えたり、魔力凝集を行って強化を行うための形質魔力であれば、ある程度は捉えることができるのだ。


 その日は私の第六感が、しきりに警鐘を鳴らしていた。

 そして外に出てみると、その元凶がなんなのかはすぐにわかった。


(あれは……何ですの?)


 城壁の外側にいる何か……見た目は人だが、彼が発している魔力はとても人のものとは思えなかった。

 凶悪な魔物……まだ見たことはないけれど、魔族と呼ばれる種族かもしれないと最初は思ってしまったほど。


 けれどよくよく感知をしてみれば、彼が身に纏っている魔力は禍々しさとは無縁のものだった。


 魔力にはその人間の性質が宿る。

 清廉潔白な人間が発する魔力は清らかなものとなり、悪行を重ねた人間の魔力はどす黒く変質する。


 彼の放つ金色の魔力は、真っ直ぐで少しばかり眩しすぎる。

 悪人ではないんだろうけど……などと考えていると次の瞬間、彼が私の目の前に現れた。


(め、めちゃくちゃですわ……)


 家の周りを囲う城壁は優に二メートルは超えていて、更にここは屋敷の三階のベランダ部分。

 目を凝らさなければ見えないほどのところから、一瞬で詰められるような距離ではない。


「よう、俺になんか用かい?」


 そういって彼――マスキュラーさんは笑う。

 その笑みはごくごく普通の好青年のそれで、私は思わず毒気を抜かれてしまうのであった。


 私は気付けば、マスキュラーさんに稽古をつけてもらうことになっていた。

 なぜそういうことになったのかは、自分でもよくわかっていない。

 けれど彼と話をしている時に、私はもう大分前からずっと忘れていた感情を思い出したのだ。


『……強く、なりたいんだろ?』


 そう、私は強くなりたかった。

 いつかはお兄様に追いついて、隣で並び立つことができるくらいに。


 それを儚い幻想だと諦めたのは、一体何時のことだっただろう。

 けれど私は気付けばまたあの頃の気持ちを、思い出していた。


 そして魔力の質やあの跳躍力からなんとなく察してはいたけれど……マスキュラーさんは、はちゃめちゃに強かった。


 一体なぜ、魔法を拳でかき消すことができるのか。

 リエルにミスリル合金製の剣で斬られたのに、なぜ彼ではなく剣の方が壊れるのか……すごすぎて意味がわからないというのが正直な感想だった。


 彼の教え方は、私が今まで師事してきたどんな家庭教師の人達とも違っていた。

 それはよく言えば実践的で、悪く言えばルール無用なめちゃくちゃなものだった。


「ほらほら、足を止めるな! 敵は待っちゃくれねぇぞ!」


 家庭教師達が教えるのは新しい魔法であり、私は彼らから教わった魔法をもっと上手く、もっと早く使うことができるように練習を重ねた。


 騎士リエルから教わる戦い方も身体の鍛え方や接近戦での組み打ちなどがほとんどで、真剣を使った勝負など一度もしたことがなかった。


 当然と言えば当然だ。

 仮にも私は侯爵令嬢で、嫁入り前の私の肌に傷をつけることなどあってはならないと、皆が思っているから。


 けれどマスキュラーさんは、彼らとはまったく根本が違っていた。

 彼は自分が傷つくことも、そして私を傷つけることにも、まったく躊躇がないのだ。


『まずは一発、今の自分にできる最強の一撃をぶち込んでこい。どれだけ時間がかかっても構わないからな。俺は魔力凝集を使って防ぐから、遠慮なく殺しに来いよ』


 何せ一番最初の稽古の内容がこれなのだ。

 自分を殺しにこいだなんて、いくらなんでも物騒すぎる……でも少しだけ、面白いと思った。

 今の自分がどこまでやれるのか、それを知りたくなった。


 だから私は全力で魔法を使った。

 全力で頑張っても切り傷をつけるのが限界だという事実に、悔しさを覚えた。


 そして同時に、私でもマスキュラーさんに傷をつけることができるという現実を、嬉しく思う自分もいた。


 それからリエルとミモザと一緒に、三人でマスキュラーさんと稽古をするようになった。


 まあ稽古というか、真剣上等の半分実戦みたいな模擬戦なんですが。

 マスキュラーさんはあまりにも強かった。

 私達三人であれこれと策を弄しても、彼はその全てを力尽くで乗り越えてくる。


 圧倒的な暴力は全ての小細工を無効化するのだと、最初の頃は諦めムードが漂っていたくらいだ。


 けれどどれだけ強い人間も、決して無敵というわけではない。

 たしかにマスキュラーさん自身が言っていたように、たとえどれだけ相手が強くとも、自分達にできることはゼロではないのだ。


 マスキュラーさんの稽古はあまりにも原始的で、そして荒々しい。

 最後は回復魔法で傷を治すけれど、戦闘の余波で私の服はものすごい速度でボロボロになっていった。


 ドレスで戦うのに限界を感じてからは、動きやすいスカートを履くようになり。


 最初の頃は傷だらけのドレスを見て悲鳴を上げていたメイド達も、ここ最近では慣れたからか何も言わなくなっていった。


 ずっと停滞していた私の日々は、再び動き出した。

 日々成長しているという実感があり、毎日が楽しくなっている。


 そんな私の変化を見て取ったのか、ここ最近クレインお兄様も前にも増して楽しそうな顔をするようになった。


 ひょっとすると私はお兄様に知らず知らずのうちに迷惑をかけてしまっていたのかもしれない。

 ある日、夕食の席でお兄様がこう尋ねてきた。


「アリア、最近楽しそうだね」


「はい、なんだか久しぶりに、毎日が充実しているんです」


 そう言って笑う私を見て、お兄様はにこにこと笑う。

 けれど私はすぐに、その笑みの種類がいつもと違うことに気付く。

 そして続くお兄様の言葉に、思わず言葉を失ってしまった。


「――よし、決めた。少し気になるし、僕も明日、そのマスキュラーとかいう男の子と戦ってみることにしよう」


 こうして突如としてお兄様とマスキュラーさんが戦うことになる。

 この場合私は、どっちを応援するべきなんだろうか?


 ……ええい、どっちもファイトですわっ!


 私は期待に胸を弾ませながら、一人ベッドに入るのでした……。

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