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実力


「テンペストタイフーン!」


 体感十秒ほどの集中の末、アリアが発動させたのは風の上級魔法であるテンペストタイフーンであった。

 年齢的にはまだ十四歳かそこらのはずなんだが、もう上級魔法が使えるのか……流石メインヒロイン、ダイヤの原石だな。


 質量を伴っている颶風が、その内側に幾重もの風の刃をその身に宿しながらこちらに迫ってくる。


 上級魔法ともなれば、たしかに当たればこちらも無事では済まないだろう。

 ただ発動までにこれだけ時間がかかっているとなると、実戦レベルとは言えないな。


 ちなみに俺は上級魔法までなら横からぶん殴って魔法を壊すこともできるが、当然今回はやらない。

 彼女の全力の一撃を、この身で食らうためにやってるわけだからな。


 リエルと戦っていた時のように、俺は身体強化を腕に留めてぶん殴れば、ある程度の魔法ならその構造ごと壊すことができる。


 といってもこれは俺にだけできるやり方らしく、ついぞフィーネもこれを使えるようにはならなかったんで、『ソード・オブ・ファンタジア』におけるスキルとかの類いの力なんだろう。


(おっと、いかんいかん)


 意識を集中させつつ、魔力を目に集めて向かってくるテンペストタイフーンを確認する。

 術者であるアリアの手元から、渦を巻くタイフーンが横倒しになってこちらに伸びてきている。

 軌道と広がり方から予測するに、このままだと俺の首回りと膝の辺りに直撃しそうだな。


 内側に風の刃が渦巻いているが……あっちなら食らっても問題はなさそうだ。

 外側の部分が一番威力が高そうなので、目測で当たりそうな箇所を中心的に魔力凝集を行っていく。


 基本的に身体強化の下位互換と思われがちな魔力凝集だが、こいつは出力が少なめな分応用が利く。


 こまめに魔力の配分を変えるのが簡単なので、俺くらいになると攻撃を食らっている最中に魔力の集まる場所を変えたりすることもできる。


 まあ防御力もそこまで高いワケじゃないが、おかげで咄嗟に防御態勢を取れば本来致命傷を受けるような攻撃も防ぐことができる。


「……おお、なかなかやるな」


 風魔法が通り過ぎていった時、俺の全身にはいくつかの切り傷ができていた。

 内側にあった風の刃では傷つかなかったようだが、外側の部分はかなり威力が高かったらしい。


 一応鉄剣の振り下ろし程度ではびくともしないくらいには鍛えているんだが、それを貫通する勢いとは恐れ入った。

 こりゃ将来性抜群だ。


「はあっ、はあっ……」


 どうやらかなり無理して風魔法を使ったらしく、立っているアリアは息も絶え絶えな様子だった。

 ハンカチで汗を拭う彼女の下に歩いていきながら、何をすべきか考える。


 アリアは『ソード・オブ・ファンタジア』と同様に純粋な魔法特化型。


 原作そのままならたしか身体強化なんかも使えるようにならなかったはずだ。

 となるとそのパターンも随分と絞られてくる。

 とりあえず考えられる方針は二つほど。


「仲間と戦うことを前提にして最大火力をたたき出せるようにするか、一人でも戦えるように攪乱用の魔法や小技を増やすかだな」


「火力を、ということならわかりますが……小技、ですか? なんだかちょっとズルくありません?」


「あなたは一体、お嬢様に何を教えようとしているのだ……」


 呆れたような顔をするアリアと、早速頭を抱え始めたリエル。

 だが別に俺はふざけているわけでもなんでもないので、そのまま話を続ける。


「小技も案外バカにならないもんだぜ。目に砂を当てて視界を奪ったり煙幕で居場所を気取られなくさせたりとかな。相手を攪乱させながら時間を稼げばあまり近接戦が得意じゃない魔法使いでも近づかれることなく、一方的に戦えるようになるはずだ」


 基本的に実戦というのは、やり直しの効かない一発勝負だ。

 故にそういったこすっからい技で勝敗がひっくり返ったりすることもわりとよくある。


 なんだったか、名前は忘れたけど幕末の剣士にも必殺技が足斬りだったやつとかいたよな。


 実戦ならあんな感じで初見殺しの技があるだけで、勝率はずいぶんと上がるのだ。


 ただ俺がそう力説しても、アリアは納得がいっていないようだった。


 やはり彼女としては貴族家の人間として正々堂々と戦いたいという気持ちが強いらしい。


 その気持ち自体は素晴らしいことだとは思うんだが……真っ向から向かってくるしか能がないやつなんてのは、戦いだと真っ先にカモになるからな。

 少し発想の転換ができるように話してみるか。


「アリア、世の中には自分では絶対に勝てない相手がいる。それはわかるか?」


「もちろんです。たとえば今の私は逆立ちをしても、お兄様やマスキュラーには勝てません」


「ああ、それじゃあある日突然、お兄様レベルの人間がお前を殺しに来たと想定してくれ。アリアはそいつに真っ向から立ち向かって、自分から殺されにいくのか?」


「……いえ、真っ向から戦うのは馬鹿げていると思います」


「そうだろう? 自分の弱さを認めるのも一つの勇気だと俺は思う。目的を真っ向から打ち克つこと以外にすることで見えてくる景色っていうものもあるからな。たとえば相手の視界を奪えば逃げることもできるかもしれないし、時間を稼いでいれば仲間がそいつを倒せるだけの戦力を整えてくれるかもしれない」


「……なるほど」


「いいか、この世界に純粋な正義なんてもんはない。勝ったやつが正義になるんだ!」


「そんなこと、考えたこともありませんでしたわ……」


「これはリエルにだって言えることだぞ」


「わ、私か!?」


 一度剣を交えた(俺は拳だが)からわかるが、リエルも基本的には真っ向勝負を好む質だ。


 その分駆け引きの密度が低く、ある程度対人慣れしている人間であれば次の動きを読むのもそう難しくない。


 恐らく一定以上のラインの相手と戦えば、手も足も出ずにやられるだろう。


「リエルの騎士としての本懐って、なんだ?」


「そ、そんなものは決まっている! ローズアイル地方に住まう民を守護し、主君の敵を誅する剣となり、守るための盾となることだ!」


「それならお前が真っ先に突っ込んでいって死んだらダメだろ? 民と主君を守るためなら、その身を汚泥に浸し、信念を曲げてでも守るために全力を尽くすのが、本当の騎士じゃないのか?」


「……ぐう」


 ぐうの音が出た人間、初めて見た。

 どうやら言われたことを反芻しているらしく、リエルが長考し始める。

 自分の持っているプライドと俺に言われた正論の狭間で、ずいぶんと葛藤している様子だ。


「なるほど……つまりは勝つためにはなんでもするというそのある種の汚さこそが、マスキュラーさんの強さの秘密ということなのですね」


「そんな大したもんじゃないけどな。ただ生き汚いだけさ」


 気付けばアリアの呼び方がさんづけになっている。

 どうやら俺のつたない言葉も、少しは彼女の心に届いてくれたらしい。


「マスキュラーさん、そんなに自分を卑下しないでください。あなたのその生き方は素晴らしいものだと、私はそう思います」


 気付けばアリアがこちらまで近づいてきていた。

 推しが手を伸ばせば触れられる距離にいるという状況に一瞬頭が真っ白になる。

 するとその間に、彼女がそっと俺の手を両手で包んでいた。


 あらゆるものをぶん殴って皮膚がガチガチに固まっている俺の拳とは対照的な、マシュマロか何かだと勘違いしそうになるほど柔らかい手のひら。


 今まで重たい物をまったく持ってこなかったんじゃないかってくらいにふよふよだ。


「スラムで育ちながらそれだけの強さを身につけたにもかかわらず、威張ることもせずに、その力を未来ある子供達に分け合う……誰にでもできることではありません」


「そうかぁ?」


 そもそも俺が子供達を助けるようになったのも、ミリアとローズを助けるようになってからの成り行きだし。

 そういやぁ考えてみると、ローズって名前にもずいぶんと縁があるな。


 まさかローズはローズアイル家との間には関係が……なんて、流石にコ○ンの見過ぎか?

 ぺろっ、これは……青酸カリ!


「……よし、決めました」


「決めたって……何を?」


「マスキュラーさん、もしよければ私の騎士になりませんか?」


「え、嫌だが」


「……」


「……」


「「……」」


 まさか断られると思っていなかったからか、アリアの顔が少し引きつっている。


 たしかにスラム上がりの少年が騎士にしてもらえるとなれば普通なら飛び上がって喜ぶべき場面なのかもしれないが……正直、時間と規律に縛られる堅苦しい生活は、前世でもう沢山なんだ。


「悪いな、そういうのは俺には向いてない」


「そ、それなら、私の専属の家庭教師になってくれませんか?」


「まあ、それなら」


「決まりですね!」


 ぱあっとひまわりのような笑みを浮かべるアリアを見て、頭に『守りたい、この笑顔』というフレーズが浮かんできた。


 ということでなんやかんやあって、俺は放たれた二の矢である、アリアの家庭教師に収まることになった。

 未だに『魔の桎梏』をどうやって手に入れればいいかは皆目見当もつかないが……まあ一歩前進したって言えるんじゃないかね?


 ちなみになぜか流れでリエルも俺達の稽古に加わるようになり、彼女から信用を得た俺は一緒に残債を返済しに商店に出かけたりするようになるわけだが……それはまた、別のお話。

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