借金
「全部俺が悪いわけじゃないと思うんだが、その……すまん」
「い、いや、いいのだ。ただその……心の整理がまだついていないだけで」
リエルが大泣きすること数分ほど。
アリアにあやしてもらいようやっと落ち着いてくれたところで、改めて話をすることにした。
開口一番、とりあえず謝っておく。
忠誠を誓う時とかにも使うイメージがあるし、多分騎士にとって剣は大切なもんなんだろう。
それを壊してしまったのだから、非は俺の方にあるはずだ。
「ただこの剣、ローン組んで買った高かったやつだから……」
「ローン!? 剣ってそんなに高級品なのか!?」
話を聞いてみると、どうやら俺が折ってしまった剣は鋼にミスリルを合わせて作った合金で作っているらしく、なかなかな代物だったらしい。
しまった、そんなに高い剣だと知ってたら敢えて腕で受けてドヤ顔するんじゃなかった。
弁償しろとか言われても、俺金なんてほとんど持ってないぞ。
「といっても、毎月一定額を払うだけでいいっていう新開発のローンだから、生活は全然苦しくなるわけじゃないんだけど……」
「……それ本当に大丈夫なやつか?」
話を聞いて俺は戦慄した。
まさか異世界にもリボ払いが存在していたとはな……。
リボ払いの恐ろしさをこんこんと説いてやると、それだけでリエルはまた泣きそうになっていた。
「わ、私はなんというものに手を出してしまっていたんだ……」
「大丈夫だ、今ならまだ傷は浅い。ガンガン繰り上げ返済していけばただの借金とそう大差はない……はずだ」
どうやら普通に支払えるくらいの蓄えはあるそうなのでしっかりと残債を支払うよう告げたら、ようやくお互い人心地つくことができた。
キリッとした感じの女性だと思っていたら、まさかリボ払い女騎士だったとは……流石異世界、俺の想像の斜め上をいくぜ。
「と、とりあえず礼を言わせてもらおう。だ、だが私はまだお前を認めたわけではないからな!」
(どうしよう、ただリボ払いしてるってだけで、なんかかわいく見えてきたぞ)
「か、かわっ!?」
心の声に留めていたつもりが、なぜか声に出ていたらしい。
思っていたのと大分違った感じになってきていて、俺も動揺しているのかもしれない。
とりあえず赤面したリボ払い女騎士からは目を逸らし、日傘の下で優雅に紅茶をたしなんでいるお嬢様の方を向く。
「というわけで、これで俺の力は示せたってことでいいか?」
「ええ、色々と意味がわかりませんが……あなたが非常識な殿方であるということだけは、十分理解致しましたわ」
「そんなに褒めないでくれよ」
「全っっっ然褒めてませんわよ!?」
全と然の間にものすごいちっちゃい『っ』を沢山入れながら、そう力説するアリア。
そんな姿さえ絵になるんだから、美人っていうのは本当に得だよな。
「しかもリエルを一瞬で懐柔させるその手腕……ただ強いだけじゃないというところも恐ろしいです。まるでお兄様のような……」
「俺は俺みたいなお兄さんがいたら、絶対にぶん殴ってる気がするがな」
「絶対に、ぜーったいにお兄様に手だけは上げないでくださいね!」
「お前俺のこと、なんだと思ってるんだ?」
「ちょっと賢い猛獣ですわ!」
ひどい言われようだが、あながち間違ってない気もする。
たしかに人か獣かで言うと獣寄りかもしれない。
お兄さんは何かあったら、とりあえずパワーで解決するフレンズなんだね!
「とりあえずこいつになら教えを請うてもいいかというくらいには思ってもらえたか?」
「……ええ、たしかにマスキュラーから教えられれば、強くなれるかもしれません。もっとも、それに引き換え大切なものを失う気もしますけれど……」
「あれ、俺自分の名前言ったっけ?」
「この街に入るときに、レグルス子爵のプレートをお見せになったのではなくて? 貴族の情報収集能力を舐めないでほしいですわ」
「――怖! 貴族怖!」
これじゃあうかつにプレートを見せびらかすわけにも……あ、よくよく考えたら、渡される時にあんまみだりに使うなって言われてたわ。
……もう今更遅いし、全部忘れたことにしておこう。
俺は全ての脳内メモリを消去したフリをして、稽古に移っていくことにした。
アリアと向かい合って、練兵場の真ん中あたりに立つ。
身体強化は既に切れているが、かけ直しはせずにやることにした。
「とりあえず俺のやり方でやるぞ。スラムの子供達もこのやり方である程度ものになったし、アリアならもっと強くなれるだろう」
「アリア……だと!? アリアドネ様をその名で呼んでいいのは――」
「……マスキュラーはスラムの子供達に戦い方を教えているのですか?」
さっきより気持ち元気なさそうに怒ろうとしていたリエルの言葉をアリアが遮った。
そんなに不思議そうな顔をされても、反応に困るぞ。
「ああ、うちのウィスクのスラムはあんまり治安が良い方じゃなくてな。ある程度自衛できないと、ガキ共は大抵碌なことにならないんだよ。だったらそいつらを鍛えちまえば話が早いだろ? 毎回俺が助けるわけにもいかないしな」
「……私、あなたのことがますますわからなくなりましたわ」
「そうか? まあわからなくても、戦うことはできる。……ってわけで、始めるか」
自分の胸をドンッと強く叩く。
そして俺は身体に一切の魔力を纏わずに、にやりと笑った。
「まずは一発、今の自分にできる最強の一撃をぶち込んでこい。どれだけ時間がかかっても構わないからな。俺は魔力凝集を使って防ぐから、遠慮なく殺しに来いよ」
基本的に俺は他人にものを教えるのが苦手だ。
人に教えられるような偉い人間でもないという自覚もある。
俺が辿り着いた答えがこれだ。
そもそも総合的な戦闘において、万人にとって正しいやり方なんて存在しないというのが俺の持論である。
背丈も膂力も魔力も違う、一人一人正解なんて違って当たり前。
そりゃもちろん、剣術や槍術はやっておくに越したことはないけど、それも如何に自分の中に取り込んで戦闘術に昇華させていくことが大切だ。
だから俺は生徒に全て自分で考えて自分でやらせ、最適解を自分の手で学ばせる。
本気の一撃、模擬戦、そんで防御や逃げるための訓練。
生徒が全力を出せるようにしてやれば、相手がよほどのバカでない限り勝手に学んで勝手に強くなってくれる。
色々試してみたんだが、やっぱり俺にはこのやり方が一番合っている。
あんまり深いことを考えるのは苦手だしな。
「というわけで……来いッ!」
「――は、はいっ! 行きます!」
覚悟が決まったからか、真剣な表情で頷くアリア。
目を瞑り精神を集中させたかと思うと……彼女の手の先から、魔法が飛び出してきた!