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試合


 というわけで稽古をつけてやるよりも早く、なぜか女騎士リエルと戦うことになってしまった。


 戦う場所は人目の多い庭ではなく、城壁の内側にある練兵場で行うことに。

 練兵場は結構屋敷から距離のある外れの方にあった。


 なぜ城壁の中にこんなところがあるんだろうと不思議に思っていると、


「ここ、元々はいざという時に籠城ができるよう野菜畑になっていたんです。けれどお兄様がそんなことになったら街としては終わっている。それならいざという時が来ないように兵を調練できる場所を増やした方がいいとおっしゃって」


「なるほど、合理的な人なんだな」


 たしかに籠城をしなくちゃいけなくなった時点で街としては機能してないわけだしな。

 だからっていざという時の備えをなくしてしまうというのは思い切りがいい。

 ひょっとすると侯爵様は、俺に似てわりとシンプルに物事を考えるタイプなのかもしれない。


「ここだ」


 土を掘り返したような跡がある練兵場で、俺とリエルは向かい合う。

 アリアは少し離れたところで、従者に設置してもらったパラソルの下で観戦するようだった。


「あれほど大口を叩くのだから、戦いはさぞ得意なのだろう。実戦形式で構わないか?」


「別にいいが……後で文句言うなよ?」


「その言葉、そっくりそのまま返させていただこう」


 彼女は腰に提げている真剣を鞘から引き抜き、腰だめに構えた。

 少し前傾姿勢で、切っ先をこちらに向けている。


 その所作は淀みなく滑らか。恐らくは同じ動作を、何度も何度も繰り返してきたのだろう。

 見たことはないが、構えが随分と堂に入っている。

 間違いなくどこかの流派の構えだろう。


 基本的にチンピラや悪党共としか戦ってこなかった俺は、地味にこういったいかにも正統派なやつと戦った経験はない。

 この戦いも俺にとって、有益なものになりそうだ。


「それでは……始めッ!」


 興味津々そうなアリアの声で試合が始まる。


 最初はまず相手の出方を見たかったので、俺は身体強化を発動させその場に留まることにした。

 対してリエルは試合開始と同時に大きく下がり、精神を集中させ始めた。

 ……なるほど、これみよがしに剣を見せるアレはブラフだったのか。


「ウォーターカッター!」


 リエルが放った水の刃がやってくる。

 速度はなかなかに速い……が、捉えきれないほどじゃないな。

 握りこぶしを作るとそのまま軽く右に跳ね、魔法目掛けてジャブを打つ。


 すると……パアアアアアンッ!!


「え……」


「嘘……」


 横っ面を叩かれた水の刃が勢いよく吹き飛ばされ、ただの水に戻り、そして消えていく。

 魔法自体の強度もさほど高くないな。これならまだミリアの水魔法の方がマシだ。

 呆気にとられて動きを止めるリエルを見ながら、首をボキリと鳴らす。


「どうした、そんなもんか?」


「くっ……まだまだあっ!」


 リエルが次に放ってきたのは、しなる水の鞭だった。


 どうやら軌道を読みづらくしてこちらの迎撃をできなくさせる意図のようだが……鞭使いとやった経験があるので、およその軌道は読める。


 勢いよくやってきた鞭の先端をぶん殴れば、パシャリと水に戻る。


 それならばと今度は炎の槍が飛んでくる。

 火であれば殴れないとでも思っているんだろうが……考え方が甘いな。


 この世界において、魔法は魔力によって引き起こされている超自然現象だ。


 故に身体強化という魔法のかかった拳なら、同じ火魔法に効かない道理がない。


 飛んできた炎の槍をぶん殴れば、そのまま火の粉になって周囲に飛び散って消えていった。

 これも不思議なんだが、魔法って殴った瞬間に普通に手応えがある。


 相手に対する殺傷能力があるから当然のことなんだが、魔法には風や火属性のものでもある程度質量があるのだ。

 まあぶん殴れることができるから、俺としては助かってるんだが。


「め、めちゃくちゃですわ……」


 戦いの最中は気を抜かないよう身体強化を使っていると、遠くからアリアの声が聞こえてくる。

 ちらっと見てみると、目を点にしてこちらを呆けたように見つめていた。


 そんなに見ないでくれよ……照れるぜ。


「絶対に今、ふざけましたわ!?」


 遠距離ツッコミをかますお嬢様から視線を移せば、そこにはギリギリと歯を食いしばっているリエルの姿があった。


「くっ……かくなる上は……ッ!」


 魔法では俺に傷一つつけることができないと悟ったのだろう。

 リエルはそのまま身体強化の魔法を使い、こちらに迫ってきた。

 お、こっちはなかなか。遠距離より近接戦の方があってるんじゃないか?

 身体強化はルークなんかより全然使えてるぞ。


「くっ、速っ!?」


 剣筋も悪くない。

 力任せに剣を振るガッタガタの我流剣術と比べても明らかに流麗だ。

 その分綺麗すぎて、少し軌道が読み過ぎるのが難点かもな。


 攻撃を捌いていても、予想外のことが起きないのでヒヤッとすることがない。

 性格が真っ直ぐだからか、フェイントも下手くそだしな。


「なぜだ、なぜ当たらない!」


「そりゃ俺の方があんたより速いからさ」


「あぐっ!?」


 剣閃の隙間を縫うように腕を伸ばし胸元を軽く殴ってやると、リエルの動きが一瞬止まった。

 人間っていうのは脆いもんで、胸を強く打ってやれば一瞬呼吸ができなくなり動きも止まる。


 この隙を使えば思い切り一撃をたたき込めるわけだが、俺はそうはせずに、敢えて少しだけ距離を取ってやった。


 今攻撃をすれば俺はお前に勝てたんだぞと暗に伝えてやるために。

 するとリエルの顔が憤怒の表情に変わる。

 手を抜かれているのがわかったからだろう。


 彼女は今までよりも単調で、けれどスピードだけなら一番の斬撃を繰り出してきた。

 俺はそれを……避けることなく、そのまま腕で受ける。


 続いて聞こえてくるのは、パキッという枯れ枝の折れたような音。

 見ればリエルが握っている剣が、中心部分から真っ二つに折れていた。


 ……ああ、またやっちまった。

 真剣でやるとこうなるからやりたくなかったんだよ。

 俺の身体より硬い武器ってあんまないからさ。


 リエルは一度折れた剣を見て、そして傷一つない俺を見て、そしてもう一度完全にゴミと化した愛剣を見た。

 そしてそのまま目を潤ませたかと思うと、


「ふ……ふええええええええんっっ!!」


 とギャン泣きし始める。

 な、泣くのはナシだろ!?

 事前に後で文句言うなよって言ったのに!


「この剣、だががったの゛に゛ぃいいいいいいっ!!」


 大泣きしながらズビズビと鼻をかむリエルになんと声をかけるべきか迷っているうちに、レフェリーのアリアから勝利の二文字が叫ばれる。


 こうして俺は試合に勝ち、リエルを大泣きさせるのであった。

 ……こういうのも、試合に勝って勝負に負けたって言うのかね?

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