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笑顔


 『ソード・オブ・ファンタジア』には五人のメインヒロインがいる。

 誰もが甲乙つけがたい魅力に溢れてはいるが、その中でも俺には最推しがいた。


 アリアベル・フォン・ローズアイル……通称アリアは、侯爵令嬢という生粋の箱入り娘でありながら、『魔王の討伐への助力は貴族の責務ですわ!』と主人公パーティーに加わるアグレッシブさも持ち合わせているというキャラだ。


 彼女は高飛車お嬢様という概念そのものを擬人化したような見た目をしている。


 つり目がちな鋭くも美しい碧眼に、『岩盤とか掘削できそう』と言われるほどに見事なツインドリルの金の巻き髪。

 ぴっちりと皺一つないドレスを身につけ、その指先は白魚のように細く美しい。


「ねぇ、あなた……」


「な、なんだ?」


 城壁を飛び越してやってきた俺は、そのまま不審者として通報されることもなく、アリアに誘導されるがまま、屋敷前の庭にある椅子に腰掛けていた。

 差し出された水をとりあえずがぶ飲みしながら、心の中でうろ覚えの般若心経を唱える。


 今俺の目の前に、あのアリアがいる。

 今はゲーム開始地点のおよそ二年ほど前。

 なのでその姿は、俺が知っているものと比べるといくぶんか幼い。


 だが間違いなく、本物のアリアだ。

 公式がグッズを一向に出さずになくなく同人のアリアのアクキーを買ってつけてた俺が言うんだから間違いない。


 しっかしこの世界での暮らしが長くなって色々と慣れてきたと思っていたが、こうして彼女を目の当たりにすると、流石に動揺するな。


 ていうかまつげ長……本当にゲームの世界からそのまま飛び出してきたみたいだ。


「当家に何かご用ですの?」


「……まあ、そんなところだな」


 訝しげな表情でこちらを見上げるアリアを見て、ちょっと冷静になる。

 彼女からすれば俺は、自分の屋敷を凝視していた謎の筋肉達磨。

 怪しいなんてもんじゃないだろう。


 あれ、ってことはこのまま即首ちょんぱ案件か?

 もしかして俺、無礼打ちされる?


「そんなことするわけないでしょう! 一体私をなんだと思っているのですか!?」


「何って……高飛車お嬢のアリアだろ?」


「なっ……あなたにその名で呼ばれる筋合いはございません! それになんですか、高飛車お嬢って!」


「おっといかん、つい素が出てしまった」


「素を出すまでのスピード感が早過ぎですわ!?」


 彼女の言葉遣いがめちゃくちゃお嬢様なのは、兄のような立派な貴族たらんとしているが故のこと。


 実は普通の女の子で、家では外で着るような華美な服じゃなくてかわいい系のパジャマを着込んでいる……ということまで把握しているが、口には出さない。


 なんで知ってるんだと聞かれても、答えられないしな。


「デカい城だなぁと思って見てただけさ。そしたらたまたま目が合っちまってな、気分を害したんなら悪かったよ」


「いえ、別にそういうわけではないのですが……」


 彼女はぐっとその小さな拳を握ると、顔を上げる。

 憂いの込められたその表情は俺が何度も見たことのあるアリアのそれで、思わず鼻の穴が広がりそうになる。


 ただ推しの前で無様はさらせないと、魔力凝集をして無理矢理閉じる。


「私は気が気ではありませんでしたわ……気分転換で外を覗いてみたら、ドラゴンもかくやという猛獣に見つめられてたんですもの」


「猛獣……」


「も、物のたとえです! というかどうして鼻に魔力を集中させているんですか!?」


「アリアは、もう魔力が見えるのか?」


「ええ、それはもちろん! 私はお兄様のように、強くて格好いい貴族になるために日々研鑽を積んでいる最中なのです!」


 ふと、何かが引っかかった。

 けれどその理由がわからない。

 一旦棚上げして会話に戻る。


「……平民の間では、鼻に魔力を集めるのが流行っているんですか?」


「ああ、もしかしてアリアは知らなかったのか? 鼻への魔力凝集は、最近の平民魔法使いの間のトレンドなんだぜ」


「も……もちろん知っております! 試すために聞いてみただけです!」


 知ったかぶりをしながら、鼻に魔力凝集を始めた彼女を見てほっこり。


 ……が、頭の隅に残ったままのひっかかりが取れない。

 少し頭を回してみると、感じていた違和感の理由に気付く。


(笑ってる……)


 彼女が『ソード・オブ・ファンタジア』で兄の話をする時、その顔は悲壮な決意をたたえていることがほとんどだった。


 アリアがお嬢様としての言動を続けるのは、悲しみに押し負けてしまわぬよう気丈に振る舞うというためという理由も大きかったのだ。


 けれど今の彼女にはそれがない。

 兄について語っている彼女の顔に浮かんでいるのは、満面の笑みだった。


(……ということはまだ、事件が起こっていないのか)


 回想でしか出てこないため今の今まで忘れていたが、ローズアイル家が収めるオルドの街はある日、魔物達に襲われる。


 そしてその事件で、彼女は大切な兄を失うのだ。

 アリアの心の傷は、主人公が彼女の心を甘やかに溶かすその時まで彼女のことを苛み続ける。


 たしかに最近以前の記憶は前ほど鮮明ではなくなってきているが……どうしてこんなに大切なことを今まで忘れていたんだろう。


 強くなることも大事だが、それで推しキャラを不幸にしていては意味がないというのに。


 襲撃事件を引き起こすのは、魔王軍の幹部の一人であるジャビエル。

 物語の終盤でようやく勝つことができるようになるレベルの、かなりの強敵だ。


(……なるほど、相手に取って不足はないな)


「ぴいいいっ!?」


 アリアが首を絞められた鳥みたいな鳴き声を出しながら目を潤ませる。

 自分の頬に触れてみれば、どうやら俺は笑っていたらしい。


 アリアの笑顔が、想像以上に俺にぶっささったのか。

 どうやってジャビエルを相手取ることができるのか、脳内でシミュレートしている自分がいることに気付く。


「すまんな、実は鼻の魔力凝集がトレンドって話は嘘だ」


「な、なんとなくそんな気がしてましたわ……」


「ただ魔力凝集をいつでも狙った場所にできるようにしておく訓練は、やっておいて損はないぜ。……強く、なりたいんだろ?」


「――っ!? え、ええ、もちろんですわ。魔物の被害を減らすことは、我ら王国貴族の責務ですもの!」


 ――彼女が俺を見る目には、珍獣を鑑賞するような物珍しさだけではなく、わずかにだが憧憬の色が宿っていた。

 彼女はまだ悲劇に襲われる前から、強さを渇望していた。

 得体の知れない俺からも話を聞こうなどというのも、その気持ちの表れだろう。


 その真っ直ぐさと貪欲さは、俺が知っているアリアそのもので。

 強くなりたいと素直に頷く彼女を見れば、自然と口角が上がってしまうのもやむなしだった。


「私は……どうすればもっと強くなることができるでしょうか? お兄様や……あなたのように」


「日々の鍛錬、それしかないだろうな。毎日鍛えれば……いざという時にお兄さんを守れるくらいにはなれるはずだぜ」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ、俺は嘘はつかないからな」


「あなた、さっき嘘ついたばっかりじゃないですか……」


「俺がつくのは意味のない嘘だけだ」


「より質が悪いですわ!?」


 彼女の笑顔を失うのは、世界の損失だ。

 アリアに悲劇をもたらそうとするのなら、たとえ魔王軍幹部だろうが容赦はしない。


 こうして俺は思ってもみなかったアリアとの邂逅を果たし、次の日に彼女に稽古をつける約束をとりつけるのであった……。

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