指導
ようやっと入ったウィスクの街を出ると決めたその一週間後。
諸々の準備が終わったところで、俺は久しぶりに配下(に気付けばなっていた)子供達と戦うことにした。
旅立ち前の手合わせというやつである。
俺にできることは少ないが、この経験を活かして少しでも生き残れる確率が上がることを願っておきたいところだ。
戦いの結果、辺りには既に死屍累々となった奴らがぶっ倒れている。
未だ二本の足で立っているのは、既にリーダーのルークとミリアだけだ。
「行きますよ、兄貴!」
「おう、かかってこい」
今回の戦いでは、俺は身体強化を使っていない。
本気と全力は違う。
俺は全力は出さずに、限られた制限の中で本気を出すのが俺のやり方だ。
ルークが前傾姿勢になると、こちらに向けて駆けてくる。
その速度はここらのチンピラとは比較にならないほどに速い。
俺の薫陶もあり既に身体強化が使えるようになっているからな。
軌道を読まれないようにステップを踏みながらジグザグの移動を心がけているようだが……少し単調だな。
回り込む形で背後から一撃を加えようとするルークの制し、その鼻先を軽く小突いてやる。
といっても魔力凝集をした右腕なので、その威力は決して低くない。
「ふごっ!? 後ろに目でもついてるんですか!?」
鼻血を噴き出しながらゴロゴロと地面を転がっていくルークは、素早く受け身を取って立ち上がった。
彼の下へ向かおうとしたタイミングで、背中側から殺気を感じる。
ひょいと右に避けてみれば、先ほどまで俺がいたところを氷の槍が通り抜けていくのが見えた。
「流石に通らないか!」
ミリアは既に火と水属性の魔法が使えるようになり、その複合属性である氷属性の発現にも成功している。
現時点で彼女の魔法の威力は、成人男性の腹部をぶちぬくことができるくらいには高い。 この調子で鍛えていけば、原作開始時点よりずっと強くなれるはずだ。
術者であるミリアはそのまま後退するとみせかけ、こちらを誘ってから前に出た。
彼女も既に身体強化は使えるようになっている。
腰のナイフを引き抜くと、こちらに斬りかかってくる。
既に使える魔法は桁が違ってしまっているが、こと戦闘において遅れを取るつもりはない。
切っ先を薄皮一枚のところで避けながら手ほどきをしてやるように軽い拳打を放っていく。
攻撃の際にできた隙にジャブを放ち、未熟な連撃をたしなめるように脇腹を小突き、回避をしようとしたタイミングで逆に攻撃を押し込んでやる。
もちろん手加減はしているが、本気でやっている。
これは俺からの別れの言葉(肉体言語)だ。
俺はあまり言葉が上手い方じゃないから、きっと彼女もこっちの方が喜ぶだろう。
今の彼女に自分のダメなところを突きつけてやり、こうするんだとその完成形を見せてやる。
見取り稽古のように拳打を繰り出しながら、ミリアのことを容赦なく叩いていく。
せっかくお母さんのローズも無事なんだし、彼女には平穏な暮らしをしたっていいはずなんだが……ミリアはなぜか、俺に鍛えられることを選んだ。
選んだのなら、俺はその選択を尊重する。
正直ちょっと嫌だが、ミリアが求めてるならしょうがない。
武器を手に取ったのなら、女子供でも立派な戦士だ。
「ぐっ、俺も、いつか……」
立ち上がったルークは拳を握っていたが、俺とミリアの間に割り込むことができず、ただ拳を握るだけだった。
あいつもなかなかやるが、流石にミリアの潜在能力には及ばないからな。
気付けば俺とミリアのやりとりを、周りで倒れている子供達も見つめていた。
「は、速ッ!?」
「全然ついていけねぇ……」
「……姉御……ミリアの姉御だ!」
「「姉御! 姉御!」」
どうやらミリアが本気で戦ってる姿を見ることがなかったらしく、気付けば周りから姉御コールが始まった。
ただミリアは周りの声なんて耳に入っていないようで、彼女はただただジッとこちらだけを見ていた。
そして……
「参り、ました……」
それから更に数十ほどの応酬を経て、ミリアはバタリと地面に倒れ込んだ。
今のを見て、何か思うところがあるのだろう。
皆は何も言わずに、ただ俺を見てこくりと頷いた。
「ほれ、歩くのもしんどいだろ」
「や、やだよ、恥ずかし……ひゃああああっっ!」
俺は疲れて眠そうにしているミリアをお姫様抱っこの要領で抱き上げる。
恥ずかしさからかバシバシと胸を叩かれたが無視していると、観念したからかきゅっと身体を縮こまらせた。
「ひゅーひゅーあついねぇ、お二人さん!」
「ルーク、後でシメるから」
「ひぇっ!?」
顔を真っ赤にしたミリアと、彼女の言葉を聞いて顔を真っ青にするルーク。
性格的には対照的な二人だが、なんやかんやで相性は悪くない。
表だって立つのが親分気質で情に篤いルーク、そして裏で冷徹な判断を下すのがミリア。
二人が頑張れば、スラムでそうそう食い物にされるようなこともないだろう。
そのままスラムを出て街へと向かう。
ミリアは最初の方は顔を真っ赤にしていたが、途中からは疲れから眠ってしまっていた。
お姫様抱っこをしながら街に入る姿を衛兵に苦笑いされながら、自宅に戻る。
するとそこにはエプロンをつけたローズの姿があった。
「お疲れ様で……あらあら、まあまあ」
ローズはミリアを見たかと思うと、口元に手を当てて上品に笑う。とてもスラムで長いこと過ごしてきたとは思えない洗練された動作だ。
どうも彼女は育ちが良さそうな感じがするんだよな……別に突っ込んで聞いたりするつもりはないが。
「ご飯できてますよ」
「よし、いただこう」
彼女はとてもミリアを生んで育てたとは思えないほどに若々しい。
ミリアをそのまま大人の女性にしたらこうなるのでは、という妖艶な美しさを持っている。
年齢は俺より一回り以上は上なはずなんだが、熟女というより年上のお姉さん感がある。
「すんすん……はっ!」
「起きたか、飯だぞ」
匂いを嗅いで起きたローズと一緒に三人で卓を囲む。
この一家団欒な感じの空気も最初は慣れなかったが、今では随分と馴染めるようになった。
ローズの飯は、相変わらず美味かった。
レストランみたいないかにも外食って感じじゃない、家庭的なお袋の味だ。
「これ食ったら、ちょっと街の外まで行ってくるわ」
「はい、わかりました」
「マスキュラー、やっぱり私もついていっちゃダメ?」
「ダメだ、お前にはまだ早い」
「うー……」
「こらミリア、あまり聞き分けのないことを言ってはダメよ」
俺がこの街を出ると言ってからというもの、ミリアはことあるごとに自分を連れていってくれるように頼むようになった。
ただ彼女はまだ完全に身体ができあがっているわけではないので、俺の全力疾走についてくるのも難しい。
戦いになっても現状では足手まといになる可能性の方が高いので、今回は連れていくつもりはない。
ただ我慢させるだけでは、いつか爆発してしまうかもしれない。
それなら今回の『魔の桎梏』を手に入れたら、どこかに連れていってやることにするか。
「ホントッ!?」
「まあそんなに遠くなければだけどな」
「それなら私、王都に行ってみたいなぁ」
「わかった、連れてってやるよ」
「マスキュラー、約束だよ? 絶対に帰ってきてね」
ミリアが出してきた小指に、俺の小指を絡ませる。
この世界にもある指切りげんまんをしたら、満足したからかミリアはむふーっと鼻から息を吐く。
既に準備はしてあるので、飯を食ったらそのまま行くことにした。
お見送りはミリアとローズの二人。
手を振る二人に、小さく手を振り返す。
――帰る場所があるってのも、案外悪くないもんだ。
さて、それじゃあ……ちゃっちゃと片付けてきますかね。
次に俺が向かうのはオルドの街。
目指すは『魔の桎梏』を持つ、とあるヒロインの生家……ローズアイル侯爵家だ。




