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居場所


【side ミリア】


 世界というものは、とっても残酷にできている。

 力があれば全てを手に入れることができて、力がない人間は全てを奪われながら生きていくしかない。

 強い人間が全てを持っていく……そんな厳しい場所で私は全てを失いかけた。


 私の命……だけではなくて、私にとって一番大切な、お母さんの命すら。

 けれど世界は厳しくても、あの人だけは優しかった。

 だから私はこうして……笑っていられる。



 あれは今から一年ほど前の話だ。


 私はいつものように、スラムの中を駆けながら食べられるものはないかを探していた。


 生まれつきかなりすばしっこく動くことができる私は、こんな風にして落ちているものを拾ったり、野ねずみを捕まえたりして食料を調達することが多かった。


 けれどその時の私は、かなり焦っていた。

 日々お母さんが弱っている理由が私にごはんを分けてくれているからだということに、気付いてしまったからだ。


「いい、ミリア。犯罪だけは絶対にしてはダメよ。人として最後の一線だけは、しっかりと守らないといけないわ」


 お母さんがいつも言っているその言いつけを、一年前の私は守ることができなかった。

 このまま弱っていくお母さんを見たくないからと、私はお母さんとの約束を破り、初めての盗みを犯そうとしたのだ。


 ……そう、犯そうとした。

 私の初犯は、未遂で終わったのだ。


 とりあえず目につくからという理由で選んだ最初のターゲットが彼だったことは、きっと

私の人生の中で一番の幸運だった。


「……ひいっ!」


 こちらを覗く彼の顔は、思わず声を上げてしまうほどに凶悪な表情をしていた。

 スラムに強面の人達は多いけれど、彼はその中でも群を抜いて怖かった。


「おいおい、マジか……」


 近寄るまでわからなかったけれど、その身体は驚くほど鍛え上げられていた。

 こちらを見下ろす彼を見て、殺されると直感し、ぎゅっと目を閉じる。


 けれど来ると思っていた衝撃はやってくることはなく。

 彼はこちらに歩いてくると、そっと私の頭を撫でた。


 ゆっくりと目を開ける。

 背中を見ていた時は気付かなかったけれど、彼は――マスキュラーは私とそう年齢の変わらない少年だった。


「良ければ……俺んところ、来るか?」


 なんで彼が自分の食料を盗もうとした私にそんなことを言ってくれたのかは、未だにわからない。

 もしかすると、情けをかけられただけなのかもしれない。

 けれどその日から、私の運命は大きく動き出す。


 もう一度言おう。世界はとても厳しい。

 けれどそれは私が思っていたよりもほんの少しだけ、優しかった。




 そこから先は、私の人生の中で最も濃い一年だった。

 私はマスキュラーと行動を共にするようになった。


 そして気付けばマスキュラーの周りにできていた子供達のとりまとめをしたり、彼やフィーネさんから魔法を教わったりして日々を過ごすようになる。


 ちなみにローズお母さんはマスキュラーに家政婦として雇われることになり、料理を作ったり掃除をして日々を過ごしている。


 マスキュラーが三食きっちりと食べさせてくれるようになったおかげで、お母さんは以前のように綺麗な人に戻った。


 私も普通体型くらいにはなったと思うけど……胸囲の戦闘能力には大きな開きがあった。

 女の武器が遺伝しないとは……この世に神はいないのか。


「zzz……」


 スラムの外に出ていたというマスキュラーは、帰ってきてご飯を食べると、そのまま死んだように眠っていた。


 彼の眠りはとても深い。

 こうして何度か忍び込んだことはあったけど、彼は一度も起きたことがなかった。


 つんっと頬を叩く。

 当然ながらマスキュラーが起きることはなかった。


 そのままつんつんと何度かつついてみるが、その度に一瞬眉をしかめたかと思うとまたいつもの寝顔に戻る。


「むにゃむにゃ……」


「戦ってる時はあんなに格好いいのに……寝てる時は、赤ちゃんみたい」


 お母さんはマスキュラーが寝ている時は寝室には入ってこないから、彼の無防備な寝顔を見たことがあるのは、世界でもきっと私だけだろう。

 そんなことに喜びを感じてしまう自分が不思議だった。


「……」


 マスキュラーはとっても優しい。

 その優しさを私だけに向けてくれれば……なんて思ったことも、一度や二度ではない。


 彼と一緒にいるようになってからの一年は、とても温かく、幸せに満ちていた、何不自由のない時間だった。


 ――私はわかっていた。

 いつかマスキュラーが、ここを出ていってしまうことを。

 そしてそれは、そう遠い未来の話じゃないってことも。


 悔しいけど、私にはまだ彼についていけるだけの力はない。

 共に戦う仲間になるのは無理だろう。

 でも、だから私は……彼の帰るべき場所になろうと思うんだ。


 このスラムは彼にとっての故郷だ。

 だからこそルーク達と力を合わせて、この場所を守っていきたい。

 ここを厳しいだけじゃなくて優しさもある……そんな世界に変えていきたい。


「だから……ちゃんと帰ってきてよね、マスキュラー」


「ふごふご……」


 私の独り言に、マスキュラーはよくわからない寝言を返す。

 こういう時に実は目が覚めていたりしないのがいかにも彼らしいと、私は笑ってしまうのだった――。

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