プロローグ
生まれてからというもの、ずっと違和感があった。
自分がこの世界の異物であるような感覚。
ここにいる自分は自分ではなく、本当の自分はどこか別のところにいる。
そんな一体どこの厨二病だといいたくなるような気持ちを、俺はこの世に生を受けてから抱え続けていた。
月日が経つにつれ、その感覚は大きくなっていく。
そして生まれてから十年の月日が流れた時、俺は長年自分を苛んでいた違和感の正体を知る。
「思い……出したッ!」
それは第二の誕生だった。
さなぎという幼生が蝶という成体へ姿を変えるように、俺という人間の根幹が変わっていく感覚。
突如として洪水のように溢れてくるのは、前世の俺の記憶。
法人向けのルート営業という面白みも昇級の見込みもない仕事をこなしていたしがないサラリーマンの頃の記憶だ。
けれど前世の俺のことはどうでもいい。
いやまあどうでもいいってわけでもないんだが、今はそれよりもっと大事なことがあった。
俺は急ぎ自分の部屋に戻り、姿鏡に己の姿を映す。
そこに、立っていたのは……
「おいおい、マジか……」
強面だがどこか人好きのする人相に、未成年とは思えないほどにがっちりとした体つき。
第二次成長期の前にもかかわらず筋肉がしっかりとついている、細というよりゴリ寄りのマッチョ体型。
べたべたと触ってみるが、それは間違いなく自分の身体であり、だからこそ信じることができなかった。
誰よりも『ソード・オブ・ファンタジア』が大好きだった俺は、このキャラクターが誰なのかを当然のように知っている。
こいつの、そして今世の俺の名は……
「なんでよりにもよって……マスキュラーなんだ!」
物理特化キャラにして、ゲームが進んでいくにつれてどんどんと使えなくなっていく不遇キャラ。
物理が強いと作中で名言されているくせに、強力な魔法やアイテムの登場によって最終的に肉壁とボス戦での回復要員しか使い道がなくなってしまう弱キャラ。
――『マスラオ』のマスキュラー。
それがこのキャラクターの名前であり……つまるところは転生した俺の、今世の姿であった――。
『ソード・オブ・ファンタジア』。
コミカライズにアニメ化から舞台化、そして実写映画化に至るまで一通りのメディアミックスをした今作は、剣と魔法のファンタジー世界で一人の少年が世界を救う冒険RPGだ。
王道を外さない完成度の高いストーリーと、魅力的なキャラクター達。
必ずしも悪とは言い切れない、展開によっては味方にもなり得る敵キャラに、選択によって変わるヒロイン。
いくつもの選択の上に生まれるマルチエンディングの数はエンディング数だけで二十を超え、最終的にエンドロールで流れる細かい差異もパターンに含めれば優に百万通り以上のエンディングがあるとされている。
累計売上本数が四百万本を超える結構なモンスタータイトルであるこの作品には、先述した通り魅力的なキャラが多い。
けれどキャラの魅力と使い勝手というのはまた別の話で……キャラの差別化の関係上、システム上不遇になるキャラも多数存在していた。
その中で最も不遇とされている一人の男キャラがいる。
そいつは基礎ステータスがかなり高いので序盤ではめちゃくちゃ活躍するくせに、相手方の防御力や魔法攻撃力が高くなってくる中盤以降にかけてどんどんと影が薄くなっていき。
最後まで物理特化を貫くために、最終的には物理無効の魔物や魔法攻撃を連発してくるボスの登場により肉壁兼ポーションを投げる回復要員となってしまう、悲しいキャラクター。
それこそが『マスラオ』のマスキュラー……つまりは今世の俺である。
「性格がいい分、より悲惨に見えるんだよな……」
マスキュラーは最序盤から主人公と行動を共にする仲間の一人だ。
基本的に即断即決な脳筋だが、妙に鋭いところがあって時折芯を食った発言をすることがあったりする。
その使い勝手の良さからか主要パーティーからは外れる中盤以降もストーリーには食い込んでくるため、『ソード・オブ・ファンタジア』のプレイ実況ではマスキュラーが出張ってくる度に『なんか一人多くない?』とコメントが流れるのが恒例の流れになっている。
マスキュラー自体は普通に良いやつなんだよ……ただ物理特化だからアタッカーとして使いにくいだけで。
基本的にマスキュラーは物理攻撃を耐えながら回復アイテムを連打する物理タンクとしてしか使えないため、彼をメンバーに入れたまま戦おうとすると
『腕が鳴るぜ!』
『こっからは俺の番だな!』
『漢の本気……見せてやるよ!』
とガチムチ男が味方にポーションを投げつける様を延々と見続けることになる。
気炎を上げながらポーションを投げつけるその様子があまりにシュール過ぎたため、SNSでバズり一時期はネットミームになったほど。
そして有名実況者がこぞってネタにするようになってからは、なんと公式からもネタキャラの扱いを受けるようになったという、悲しき業を背負ったキャラでもある。
「そしてそんなキャラに、俺は転生してしまったと……」
まあ悲しんでばかりいても仕方ない。
何せ俺はこれからも、マスキュラーとして生きていかなくちゃいけないんだから。
それに何も、マスキュラーになったから全てが終わったってわけでもない。
何せ一応前世においても、マスキュラー単身での魔王攻略は可能とされていた。
レベルを上げて物理で殴っていけば、この世界で一廉の人物になることも、決して不可能ではないはずだ。
というわけでまずは現状の確認からしていこう。
「ステータス! スキル! ……見れないのか、いきなりつまづいたな」
『ソード・オブ・ファンタジア』ではできたはずのステータスとスキルの確認が、現状ではできなくなっている。
詳しい仕様は不明だが、どうやら全てが『ソード・オブ・ファンタジア』とまったく同じ、というわけでもないらしい。
(それならひょっとすると……ひょっとするか?)
あくまでもマスキュラーはゲームのシステム上不遇にならざるを得なかっただけのキャラ。 そのシステム自体が変わっているのであれば、当然ながらキャラのTierも変わってくるはずだ。
Tier1――つまりは絶対に入れるべきキャラとまではいかずとも、攻略サイトで人権がないと名言されるTier5のポジションは脱け出すことができるかもしれない。
(現在は戦神歴1000年……つまりゲーム開始まではまだ五年近くある。それだけ時間があれば……)
かつてのゲーマーとしての性か、気付けば俺の心は興奮で躍っていた。
拳を握り、抑えきれない興奮を熱っぽい息にして吐き出していく。
『ソード・オブ・ファンタジア』は前世の俺が一番愛したといっても過言ではないゲームだった。
全てのエンディングを見ることは当然として、公式では名前のついていない誰一人として悲劇を迎えずに済むハッピーエンド――通称トゥルーエンドすら達成したことがあるくらいにはやりこんだからな。
このゲーム知識があれば……公式ネタキャラとして何度ネットのおもちゃになったかわからないマスキュラーであっても、いけるんじゃないか?
ポーション投げ担当大臣と言われているマスキュラーでどこまでやれるのか、それはわからない。
「せっかく大好きな『ソード・オブ・ファンタジア』の世界にやってきたんだ……なんとしてでもこの世界を満喫してやる!」
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