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幽霊の出る島

 前回に引き続き、フライト中は必ず爆睡のルージュ。そいつの可愛らしい(俺はそう思わない)寝息をBGMにして、俺は操縦桿を握っていた。

 フライトを始めてから、気づけば三時間が経過。もうすぐ島が見えてきてもおかしくないんだが……。

「…………っ、まずいな、こりゃ」

 何の前触れもなく、雲に囲まれる。辺り一面、真っ白な雲の中だ。右も左も雲の白。太陽の橙や、海の青が薄く見えることもない。完全な白だ。

 これ、下手すりゃ落ちるな。

「わたがしだぁ〜」

 後ろから声がする。寝ぼけたルージュの声だ。あ〜あ、バカが出ちまった。

 ……なんてツッコミは置いておいて。

 俺は集中する。さきほどまでの感覚でいけば、ここはまだ海上。遮るものは何も無い。圧巻の水平線だ。ならば、高度を下げても問題はない………はずだ。

 そう決心して徐々に高度を下げていく。けれど、雲の中であることは依然変わらない。まだまだ真っ白な視界だ。

 高度メーター壊れてなきゃあなぁ〜。

 こんなことなら、金を惜しまずに直してもらうべきだったな。振動でカタカタ小刻みに震えてるだけだぞ、このメーターの針。まじで。

 と、再びなんの前触れもなく視界が一変する。もちろん、視界が開けたという意味だ。

「………なんじゃありゃ」

 つい口に出してしまった。そんな驚き桃の木な景色が、眼の前に広がっていた。

 全体的に暗い空の下に浮かぶ、これまた暗い印象の持つ島だ。ここからでも遠目に、崩れかけた廃虚が見える。木々は生えているが、立派に佇む大樹は一本も生えていない。どれも細い不気味な木ばかりだ。極め付きは、その島の上空にだけ、真っ黒な雲が浮かんでいること。

 その様はまさに、幽霊島だ。



「汚ったね」

「おい、年頃の女の子がそんな事言うな。てか、ガラにもないこと言うな」

 結局、俺はこの見るからに怪しい島に上陸した。砂浜に愛機を停め、数歩歩いたところで、ルージュの「汚ったね」だ。ひでぇセリフにも程があるぞ。

「ここが、フレアさんの行きたがっていた、次の島だったんですか?」

「違う。断じて違う。これだけは言っておこう。本当に違う」

「じゃあなんで着水したんですか?」

「………なんとなくだ」

「優柔不断ですね」

「…………ああ」

 くそっ! ぐうの音もでねぇ! あの野郎、痛い所ばかり突きやがって。昔よく言われたよ、てめぇ優柔不断すぎだ! ってな。くそ、こんな所でそんなエピソードを思い出す羽目になるとは。想像もしなかった。

「早く行きますよ」

「うるさい! 何様のつもりだ!」

「私、まだお子様です」

 すんっ、じゃねーぞ、こんちくしょう。



 じゃりじゃりと、一歩を踏みしめるごとに音のする砂浜を歩くこと数分、足場が砂から、だんだんと舗装されたアスファルトの道に変わっていく。なんだか安心するな、整備された道ってのは。

 環境への安堵を感じつつ、俺達は島の奥へと進んでいく。だんだんと、家が立ち並ぶ住宅街らしき場所にたどり着く。けれど、その家々は全て廃れ、風化していた。アスファルトの道路にも、所々ひび割れが起きている。

 何かお化けが飛び出てきたとしても、なんらおかしくない雰囲気だな。いや、お化けじゃなくてゾンビかもしれない。

 人の血肉を求め、彷徨い続ける一匹のゾンビ。何百年と探し求めていた血肉となる存在を、彼(彼女かもしれない)はついに発見する。喜びで我(そもそも自我ってものはないかもしれない)を忘れゾンビはふらつく足を最大限に回転させる……!

 ………って、こりゃ小説の導入だな。

「フレアさん、見てください」

「ん?」

 と、ルージュはある1枚の看板を指差していた。

「青空水族館まで、右折して直進3キロ………結構遠いな」

「私、水族館見てみたいです!」

「こりゃまたなんでだ?」

 よりにもよってこの島でかよ、とは言わなかった。

「お父さんが昔、話してくれたんです。お魚が沢山いる楽しい場所が、世界にはあるって」

「それが水族館?」

「はい! ずっと夢の一つだったんです、水族館に行くの」

「………よりにもよってこの島でかよ」

 やべ、結局言っちまった。

「お父さんは、どんなにクソな島でも水族館だけは楽しいって言ってました」

「そりゃどう考えたって大嘘だろ!」

「お父さん、嘘ついたことなんて一度しかないですよ」

「そこは誇張して、一度もないって言うところだろ、どう考えても」

「私、真面目なんです」

 真面目な奴は、自分で自分を真面目だなんて言わない。

「それで、水族館はどこにあると思いますか?」

「右折して直進3キロ」

「凄い! どうして分かったんですか?」

「いや、読めば分かるだろ」

 ………おい、なんだその理解を拒むような顔は。まさかお前、看板の字すら読めないってわけじゃないよな。ああ、流石にそうだよな…………そうか! 漢字が読めなかったのか!

「今度漢字ノート買ってやるよ」

「あ、ありがとうございます」

 漢検1級の特段難しいやつな。



 ビュォォォー。

 行く当てもろくに無い為、俺達は右折して直進3キロを目指していた。俺からすれば3キロなんて大したことないが、ルージュはどうなのだろうか。どうせこいつのことだ、3キロも3ミリも、まして3マイクロの違いも分かるまい。

 という推理の元に、俺は3キロという子供視点では果てない長距離を歩けるのかという質問を、聞かないでいた。

 ビュォォォー!

「なぁ、風うるさくないか?」

 これはさっきから感じていた違和感だ。確実に風音がうるさくなっているという違和感。

 さらにはなぜだが、風が体に当たるあの感触はない。

「確かに、少しうるさいですね」

「そうだよな」

 風なんて自然に発生する現象そのものだが、それも時と場合というものがある。今回の場合は、明らかに怪しい。こういう時は大抵、よくないことが起こる前兆だ。そうよくないことが………

 ビュォォ………あ……あ………テストテスト…………

「おいルージュ、お前いたずらも大概にしろよ。していいことと悪いことってのがあってな……」

「私は何もやってません! フレアさんでしょ! フレアさんですよね!? そうだと言ってください!」

 大慌てのルージュ。そして内心ド焦りの俺。

 聞こえたよな、人の声。しかも風音がだんだんと声に変わっていく瞬間。

 この島を見ろ。右も左も壊れた廃墟だらけ枯れた街路樹だらけ。空は薄紫で床はボロボロの割れほうだい。これはもう、出会ってしまったんじゃないだろうか。

 あ………あ………テストテスト………現在、テスト中………

 人とは一線を画す、生物という概念を超越した、創作上の存在。時には人を呪い殺し、時には徘徊し続けるとし、姿を見た者は皆家に帰れない(これは俺の母さんが言っていたことだが)という、あの存在。

 そう、幽霊に。

「周波数適正! いや〜、中々大変だね〜」

「……………まじかよ」

「ーーーーー!?!?」

 俺達の目の前に、突如としてそれは出現した。

 浮遊するサッカーボール程のサイズをした発光色の白。足元は薄くなっており、地面には足と思われるものは着いていない。ギャグマンガよろしく、親しみを持てるような幽霊フェイスに、頭にはアンテナのように伸びる触覚が一本。そして、親指以外が一体化している2指しかない手。

 それが、こいつの見た目だった。

「ひゅ〜。旅人は本当に久しぶりだ〜。せ〜の、ほいっ!」

 と、幽霊が一度手を叩く。その瞬間、街の様相が一瞬で様変わりした。

 空は満天の青空に、廃墟だった建物は全て新品そのものの屋台、あるいは家に。そして、床の舗装はしっかりと行き届いたアスファルトのグレーに。

 壊滅していた島は、幽霊の開手を打つ一動作で、またたく間に美しい島へと変貌した。

「何者だよ、お前」

「何者だよっていうより、何霊だよっていう方が正しい気がするなぁ〜」

「んじゃあ、何霊だよ」

 すると、う〜んと悩むような仕草を見せ、パッと返答が思いついたのか

「幽霊だね!」

「そのまんまじゃねーかよ!」

 なんのひねりもない返答をされた。ふざけんなよ、こいつ。期待させやがって。

「んにしても、本当に珍しいねぇ〜。どうやって来たんだい? 泳いで? 飛んで? それとも掘って?」

「泳ぐわけないだろ! 飛んでだ。飛行艇で飛んで来た」

「ひゅ〜。洒落てんねぇ」

 幽霊はゆっくりと縦にくるくる回る。

「恥ずかしがりな小学生は、可愛らしいもんだねぇ〜」

 ギュッ。

「はっ?」

 腹が締められる感覚がした。見ると細いルージュの腕が、俺の腹に回されていた。

「こ、怖いです。恐ろしいです」

 俺の背中に顔を埋めながら、ルージュは恐怖を語った。

 ルージュお前、小刻みに体が震えてんじゃねーか。どんだけ怖いんだよ、幽霊。

「君がおかしいんだよぉ〜」

 そう言って幽霊はクスクスと笑った。見透かしたこといいやがって。

「幽霊なんて幻。そう教えられるもんだから、無理もないよねぇ」

「………まぁ、それもそうか」

 こいつの場合、基礎学力が著しくないという欠点があるせいで、なんとも納得しづらいが。

「君には皮肉で言ってるんだよぉ〜」

「皮肉って………あっ! お前まさか、俺が義務教育受けてないって言いたいんだろ!」

「そうは言ってないよぉ〜」

「その笑顔が何よりの証拠だろ!」

「そんなことないよぉ〜」

「んじゃあ、どういう事なんだ?」

 ピタッと幽霊の笑いが止まり、思案顔。う〜んと唸るような仕草も見せ、数秒が経つ。

 そして、幽霊はパンと手を叩き、口を開く。

「ようこそ、我が島へ!」

「全く話題が変わっているんだが!?」



「昔は栄えてたんだけどねぇ〜」

 幽霊は懐かしむように、そう口にした。

「昔ってことは、何百年も前なのか?」

「そうだねぇ〜。もう、何百年も前だねぇ〜」

「………へぇ。一応聞くんだが、この島はなんて名前なんだ?」

「この島?」

「ああ、この島」

 幽霊はくるくると縦に回転する。こいつ、回るのが悩む時の癖か?

「もう忘れちゃったね」

「愛国心ならぬ、愛島心のない奴だな」

「よく言えてるけど、中々ひどいこと言うねぇ」

「そりゃ悪かったな」

 こんな変わり者の幽霊(といっても、俺は幽霊なんぞに会うのは初めてだが)に出会い、気づけば1時間が経過していた。

 あれから少しの雑談を挟み、今はこの島内を散策中だ。最初に見た島の景色は全くといっていいほど消え失せている。冗談ではなく、だ。地面を見ても、瓦礫一つ落ちていない。

 幽霊といい、島の景色といい、何が起こってんだか。

 元々、俺は幽霊だの未確認生物だのは、これ一切信じていないタイプの人間だ。まさか、幽霊が実在するとは夢にも思わなかった。

 まったく、死が近づいてきた気分だ。次の島ではお祓いでもしてもらうか。

「そういえば、君の可愛いお子さんはどこ行ったんだい?」

「お子さん? って、あいつは別に俺の子…………」

 言いながら、360°回転してルージュの姿を探す。どうせ後ろにでもいると思ったが、いない。ルージュの姿が、見えない。

「あいつ、どこに行ったんだ?」

「こっちに聞かれても困るよぉ〜」

「………」

 ……………冗談はやめてくれ、ルージュ。俺はお前の保護者じゃねーんだ。多少の無茶というものでも、多の要素が多すぎると助けにいかなるなるぞ。

「きっと探検でもして迷子だぞ、あいつ。おい、幽霊、俺は来た道を戻って探すから、お前は適当な所を探せ」

「えぇ〜、なんで僕までぇ〜。そもそも………」

「人助けだと思って頼む。じゃあまたあとでな!」

 俺は早々に話を切り上げ、幽霊の意見など耳にもくれず、駆け出した。



「幽霊さん、もしかして怖くない幽霊さんですか?」

 私はふと、思った事を口にしました。まだ幽霊さんと出会ってほとんど時間が経っていませんが、こうして話をしていると、「もしかすると怖いことはないんじゃないんでしょうか」と感じたからです。

「もちろん! いうなら、怖がる方がおかしいかなぁ〜」

「私、おかしかったですか!?」

 最初から皆さん怖がらずフレンドリーに接せるんですか!?

「最初はみんな、揃って怖がりはするよぉ〜」

「………私は普通ですね。良かったです」

 ふぅ、と私は胸をなで下ろしました。私みたいな生活をしている人は、案外珍しい部類だと教えてもらってから、私は普通にいられているかどうか不安だったからです。

「さて、まずはどこから案内しようか……」

「水族館に行きたいです! 私、水族館に行った事がないので、どんな場所か知りたいです!」

「水族館ねぇ……」

 幽霊さんはゆっくりと回転しながら、悩んでいます。それくらい、この島には水族館がたくさんあるということでしょうか?

「よし、今から水族館まで案内しよう! 一番いいとこがあるんだよねぇ」

 一番というか、そこしかないけど……。と付け加える幽霊さん。けれどそんな事、どうでもいいです。

「一番良い所……楽しみです!」

「早速、水族館に行こうかぁ!」

「はい!」



「ルージュ! どこだ!」

 知らず知らずのうちに消えたルージュを探し始めて、30分が経った。

 声を上げても、返事はない。焦りが募り始めるが、俺に出来ることはといえば、ただこうして探し回るだけだ。まったく、迷惑ばかりかけさせやがって……。

 あの幽霊の奴にも探せてはいるが、俺含め2人。人探しにはあまりにも人数が足りなすぎる。

 目撃情報を聞こうにも、周りには誰一人いない。発展した街へと様変わりしたというのに、これじゃあまるでゴーストタウンだ。

 まさか、見えてるもんが全部幻覚って事はないよな? 実はこの屋台に見える店にはルージュがいて、のほほんと散歩してるなんてこと、あるわけないよな?

 …………流石にないか。

 そんな絶望的に面倒が起こりそうな展開、考えたくもない。迷子探しの方が幾分もマシだ。

 けれど。

 けれど、だ。

 あの幽霊がこの島をガラッと変えてから、俺はまだ一度として、他の幽霊に会っていない。今だってそうだ。

 周りには屋台が並んでいる。けれど、その店を営業しているであろう幽霊はどこにもいない。全ての店がそうだ。

 それがどうしても気にかかる。

 あの幽霊がたった1人でこの島に住んでいるとは到底思えない。人間のように会話をし、関係を結ぼうとしているあの幽霊が、たった1人で生活出来るとは思えない。生活が出来たとしても、確実に精神が壊れる。あんな元気にはしゃげるわけがねぇ。

 なら、どこかに他の幽霊が隠れているとでもいうのか?

 いや、流石にないか。

「あなた……!」

 その時、しわがれたおっさんのような声が、どこからか聞こえてきた。

 唐突な声という音に、心臓が跳ねる。バクバクと鳴る心臓を落ち着かせるように呼吸を気づかいながら、辺りを見渡す。

 すると、路地裏から手招きをしている幽霊がいた。

 ウワサをすれば、なんとやらだ。一気に緊張がほぐれた。

「はいはい、今行きますから」

 あまりにも偶然すぎるこの状況に、俺は半ば呆れを覚えて、路地裏に向かう。

「あなた、見ない顔だ」

 おっさんのように口髭を生やした丸っこい幽霊は、冷静に落ち着き払った声で会話を始める。

「ついさっきこの島に来たんです。だから見ない顔で会ってますよ」

「それは良かった。まだ間に合う」

「へぇ〜」

 何がどんな風に間に合うのかはさっぱり分からないが、このおっさん幽霊が嬉しそうで何よりだ。

「君は今から急いで、この島を出るんだ」

「………へ?」

 おいおい。この島を出るっつったって。

 まだルージュの野郎がいないんだぞ。帰れるかっての。

「悪いが、その子は諦めろ」

「バカ言うな!」

 おっさん幽霊の言葉に、俺はほぼ反射的に否定を示した。頭の中でじっくりと思案することなく、出てきた言葉。俺にとってそれほど、ルージュは大事な存在だということの暗示かもしれない。

「……そもそも、どうして島を出なきゃならないんですか」

「呪いだよ」

「呪い…?」

「ああ、この島にいる、幽霊の呪いさ」

 それは、酷く傲慢で、横暴で、自分勝手な幽霊の呪いだという。この島を離れることが出来なくなった幽霊が放つ、絶対不可避の呪い。その呪いを受け続ければ、やがて肉体を失い、浮遊体の幽霊になってしまう。回避する方法はただ一つで、呪いの影響が強まる前に、この島を出ること。

「誰なんだよ、その幽霊って……」

「私にも分からん」

 おっさん幽霊はうつむきながら答える。

 ……こういう事言う奴が一番怪しいんだよな。けど、こいつは違うんだろうな。

「つーか一応聞くんだが……じゃなくて聞きたいんですが、この島に幽霊って何人いるんです?」

「ん〜、ざっと300人ほど」

「多いな!」

 300かよ! そんなにいるのにまだ会えてるのが2人って、どういうことだよ。

「元々は……」

 ふいに、おっさん幽霊の声がワントーン下がる。目線も若干、下目になっていた。

「こんな島、誰も来ようとは思っていなかった」

「………」

「5年前の事だ。飛行機が緊急着陸の為、無人島に降りた。皆、戸惑っていたよ。バカンスのはずが、トラブルで命の危機だと。機長が助けを呼んだといって2日経っても、助けは来なかった。それで……」

「もうよせ」

 手をガクガク震わせてまで、話すことじゃねぇよ。そこまで言われりゃ、大概予想はつく。

「悪いことをしたな、おっさん」

「いや、私が悪い。急に昔話など……」

「謝るなよ。あんたが後悔することなんてないさ」

 ………俺の方が、あんたより何倍も悪い奴なんだ。

「……優しい方だ」

「へ?」

「お供しますよ。あなたがこの島を出られるよう。もちろん、お仲間とご一緒に」

「本当か! じゃなくて本当ですか!」

「ああ、もちろん」

「よっしゃ!」

 なんか知らんけど、手助けは大歓迎だ!



 俺は今、街を少し離れてこのおっさん幽霊と共に魔法の使える場所を目指して歩いている。なぜかというと、絶賛現在進行形でかけられている幻覚を解くため、だそうだ。

 おっさん幽霊いわく、今俺が見てる景色は全部偽物なんだと。となると、上陸時の錆びれた景色が、この島本来の姿ということになるわけだ。信じたくない。

 てか、この島を綺麗な見た目に変えた奴って……。

「……どうかしましたか?」

 知らず知らずの内に立ちどまっていた俺に、おっさん幽霊は心配の声をかける。

「いや、なんでもない」

 この島で始めて会った幽霊。確かにあいつは怪しいし信用出来ないし胡散臭い雰囲気だが、そんなことをする奴だとは思いたくない。けれど……

「そういえば、あなたの娘さんがいるかもしれない場所の目星はありますか」

「………ん? ああ、目星か……」

 俺はあの胡散臭い幽霊のことを一度頭の中から追い出し、ルージュとの会話を思い出す。上陸時の問題発言に、水族館の話……って、水族館?

「あ」

 あるな、目星。それも、信頼性がとんでもなく高いやつだ。

「ありましたか? 目星」

「ええ。あいつ、この島に来てから水族館に行きたいって、俺に話してきたんですよ」

「水族館………」

 おっさん幽霊はしばし考え込む様子をみせ、口を開く。

「最北にある、この島唯一の水族館。もしかすると、そこに君の娘はいるのかもしれませんな」

「最北……ちなみに、その水族館の名前は?」

「名前は確か、青空水族館」

 青空水族館。ルージュと見た看板と同じ名前だ。俺の記憶じゃあ、右折3キロにあるって書いてあったはずだ。そうなると俺は、あいつの為に相当苦労しなきゃならない計算になるぞ。

「参考になりましたかな」

「ええ、ありがとうございます」

 水族館か。昔、親に旅行がてら連れていかされたんだっけな。今でもよく覚えてる。あの幻想的なクラゲ水槽。あれはきっと、一生忘れられねぇな。

 幼少期の頃の思い出に、俺はふと頬が緩む。楽しかったのだ、水族館に行ったことが。そう思い出を振り返れば、その楽しいをルージュにも知ってもらいたいと思った。ガラス越しでも分かる、生き物の可愛さ、美しさ。水族館という特別な雰囲気だって、味わってもらいたい。

 そうだな、今度の島ではちゃんとした水族館に連れていってやるか。世界でも評価の高いスペシャルな水族館だ。今の俺なら、どこへだって行ける。連れていってやれる。きっとそうすれば、あいつらだって喜んでくれる。

 よし、そうだな。そうしよう。

「着きましたぞ」

「……これはまた、すごいところで」

 そこには、ボロボロの岩が積み重なった柱が円を描くように何本も建てられていた。ボロボロではある。けれども、原型はしっかりと保っている。そんな場所だった。

「私がここで魔法を使い、幻覚を解きます。あなたはその隙に娘さんを探し、島を出てください」

「はい。………で、一つ聞きたいんですが」

「なんですかな」

「俺、ここに来る必要ありました?」

 おっさん幽霊は魔法を使うためにここに来た。けど俺は、ただの一般人。魔法どころか、マジックすら出来ない。そんな俺がここに来たのは、完全に蛇足なんじゃ……。

 ってか、魔法ってなんだよ! 普通に受け入れちゃってるけどさ!

「魔法は、認識の問題なんですぞ」

「認識?」

「魔法を使っている。そう思われ、魔法の存在を信用されて初めて、魔法は効果を発揮する」

「認識の問題なのか……ってうおっ!」

 突如、おっさん幽霊は何かをした。前動作のない完全な不意打ち。視認もくそもなかった。けれど、肌で感じた強い衝撃波。これだけは確かだ。

「後ろを」

「後ろ?」

 いわれた通りに後ろを振り向く。そこには………

「……これが、認識の問題なのか」

 そこには、遠くで消えゆく街の姿があった。

「急いで、娘の元へ」

「えっ、おっさんは」

「私はまだ、やらねばならないことがある」

「魔法は成功してるんじゃないのか」

「私個人の問題なのだ。さあ、先を急いで」

 何やら焦る様子のおっさん幽霊に、俺は疑問を抱く。この島を出られるようにお供する。そう言ったのは他でもない、おっさん幽霊なのだ。だというのにここで戦線離脱というのは、どこか無責任まのではないだろうか。

 その時、強い風が大きく吹いた。体感したことのないレベルで大きな風だ。俺は反射的に、腕で顔を守る。

「もう来てしまった」

 おっさん幽霊は、そうつぶやいた。

 そして、遠くから何かが、まるで飛ぶようにこちらに向かってくる。それは

「あいつっ、まさか」

 白色のサッカーボール……なんかじゃない。俺がこの島に来て初めて会ったあの、胡散臭い幽霊だった。



「ふざけんじゃねぇよ!」

 胡散臭い幽霊は勢いのまま、おっさん幽霊に体当たりをした。

「うごっ!」

 すさまじい勢いの体当たり。おっさん幽霊は避けられず、もろに体当たりを食らう。

「おっさん!」

 俺はおっさん幽霊のもとに駆け寄る。体には土に草と色々くっついていたが、命に別条はなさそうだ。俺はそれだけで、まずはひと安心した。

「だから、早く行けと……」

「んなこと言ってる場合かよ。おい、てめえ! どういうつもりだ!」

 俺は胡散臭い幽霊に向かって叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

「お前らが悪いんだ。この島から出ようなんて、つまらないこと考えやがって」

「お前っ………」

 初めて会った時と、まったく性格が違う。初めて会った時のおどけた調子は面影もなく、あるのはただただ傍若無人な、怒りの姿。これが本性なのか、あいつの。

「ちょっと目を離した隙に魔法を使って、大事な幻覚を解きやがるとは」

 胡散臭い幽霊は、けど、と言葉を続ける。

「そのおかげでまた一人、邪魔者を消せる」

 あくどい笑いで、その顔が大きくゆがむ。恐怖を感じる。久しぶりだ、この全身から感じる危機感という焦りは。

「……君は、君は何のためにこんなことを!」

 おっさん幽霊は叫ぶ。

「何のため? そりゃあもちろん、幸せのためさ」

「幸せ………」

「僕達は不時着のせいで死んだんだぜ? それでこの体だ。成仏も出来なきゃ悔いが残ってて消えたくない。ならどうする? 仲間を増やすんだよ。まったく同じ境遇じゃなくともいいさ。この体で、死んでも死にきれない辛さを味わってもらえれば、それでいいんだよ!」

 そして絶望していく様を見るのが僕の幸せだ、と胡散臭い幽霊は投げつけるように言う。

「そんな逆恨みみたいことをして、後になって後悔するのは自分自身だぞ!」

「後悔なんざしねぇよ!」

 言い、胡散臭い幽霊は突撃してくる。

「旅人さん、ここは私に任せて、娘さんのもとへ」

「お前は……」

「私はここで少し、男の喧嘩だよ」

 寂しそうだけれどどこかこの状況を喜んでいるような表情を最後見せ、おっさん幽霊は胡散臭い幽霊に対峙する。

「…………ああ、ありがとう。そして、行ってきます」

 使い慣れない敬語を忘れずに付け、俺はその場を駆けて去った。



「最北って……どんだけ端の方なんだよ!」

 駆け出して早10分。水族館のすの字も見つからず、俺は半ば不安になっていた。もしかすると、北はこちら側ではないかもしれない、と。

 もしこちら側が北でなかったとすれば、それは大惨事だ。せっかくあのおっさんが準備してくれたこの機会。なるべく早めに事を片付けなければならないのに合わせ、方角を間違えたとなれば流石にあのおっさんに次、会わせる顔がない。

 だから、もう見えてきてほしい。そう願い始めた時、ようやく見えてきた。青空水族館と書いてある大看板が。

「ここにいるんだよな」

 看板を一瞥し、独り言ちた。

 看板を飛び越えるようにして、おそらく園内と思われる空間に入る。

 もう整備がされていない、ボロボロの道。当時は綺麗に使われていたであろうアスファルトのタイルで出来た床は、今はもう黒ずみ、割れていた。

「…………あ〜あ」

 程なくして、俺はある建物を見つける。ショッピングモールと同等の大きさをした建物。長方形をそのまま作り出したかのようにその建物は横に長く、壁面には巨大なイルカの絵が描かれていた。

「水族館って、屋内なんだったな」

 俺はすっかり、外にある何かしらの展示スペースにルージュがいると思っていた。けれど、それは見当はずれだった。動物園のような屋外展示と違い、水族館は建物内、つまりは室内に展示スペースがある。

 それすなわち、俺はこの半壊状態の水族館に立ち入らなければならないことを意味する。

「…………」

 下手すりゃ死ぬぞ、これ。

 けれど躊躇いなく、俺は入口から無賃入場した。



「汚ったね」

 入場してからの第一声は、図らずもあのガキのような事を言ってしまった。毒されたか、俺。

 館内にはなんともいえない不気味さが漂っていた。ある程度原型を保っているけれど、水槽はガラスが割れている状態で、なぜか照明が時折チラチラと瞬く。そのうえ、床にはほんの数ミリほどの水が張っている状態だ。

 またおかしな幽霊が出てこない事を祈る。本当に頼む、来るな!

 そうして巡る、不気味な館内。

 数々の水槽だった物を通り過ぎ、大水槽だった物の横を素通りした。二階に上がり今度は小水槽。5~6個の小水槽が設置されており、中には干からびた魚が2匹ほどいた。天然干物だな、こりゃ。……って、そもそも干物ってどう作るんだ?

 俺は一人でボケて気を紛らわせておく。そうでもしてなきゃ、おかしくなりそうだった。

 小水槽ゾーンを抜けると、今度中水槽が並んでいた。よく淡水魚や海水魚が複数匹一緒に入れられている水槽だ。

「…………」

 その中水槽が並ぶゾーンの一角に、彼女はいた。

 まるで水槽のガラスに両手を当てているかのようにして、彼女は水槽だった物をキラキラとした目で見つめていた。

 ………これからあいつを、ルージュを、俺は現実に連れ戻さなければならない。夢から、目を醒まさせなければならない。

 幸せを、破壊しなければならない。

「………」

 俺は無意識に深呼吸していた。大きく吸って、大きく吐く。心を落ち着かせるための簡単な方法だ。

 ………さて、芝居の時間といきますか。

「ルージュお前、こんな所にいたのかよ」

 ごくごく自然に、さり気なく俺はルージュに話しかける。

「あっ、フレアさん! どこに行っていたんですか、私、フレアさんの事探してたんですよ?」

 嘘つけ。絶対に嘘だろ、その言葉。

「探してたなら、なんで水族館にいるんだよ」

「それは…まぁ……成り行きです」

 一体どんな成り行きなんだよ。人探し中に水族館に入館する成り行きって。

「そんなことより!」

 ルージュが話の話題を変えにくる。普段は見せないであろう妙に子供っぽい年相応の仕草まで披露し、俺は驚きで卒倒しそうになった。まさかこんなあどけない表情が出来るとは。

「この水槽にいる……おいしそうな魚! この子、すっごくかわいいです!」

「ああ……そうだな」

 そうだ、目的を見失っちゃいけない。楽しい雑談はこの後にいくらでも出来る。呆れてものが言えなくなるまで、思う存分出来る。だから今は、目的に集中しろ、俺。

「なぁルージュ。この水槽、本当に綺麗か?」

「もちろん!」

「ならこれでも………」

 俺は左腕を上げ、ガラスが張ってあったであろう位置まで腕を動かした。

 そして、まるでガラスを叩き割るように腕を振るった。

「あ……」

 そんな言葉が、自然とルージュの口から漏れる。

 きっと今頃、ルージュの視界では想像も出来ないくらいの残酷で、悲惨な光景が広がっているんだろうな。俺から見ればただ使われなくなっただけの廃水族館だけれど、ルージュから見れば夢にまでみたであろう水族館。

 それが、たった一瞬で全てなくなるのだ。言語化することなんて不可能だ。「辛い」だなんて言葉じゃきっと、表せない。いや、表せてたまるか。

「嫌だよ、こんなの………」

「あっ……!」

 気絶し、倒れるルージュ。俺はなんとか反応して、ルージュが床に頭をぶつける寸前に抱き留める。

「ごめんな」

 そう言って俺は、ルージュの涙を手で拭った。

 そんなことしか、してやれなかった。



「あああああああ!」

 ゴンッ!

「こ、ここは」

「いつも通り、空の上だ」

 風防に頭を強打したルージュに、俺は答えを与えてやる。

「……? 私、あれ……?」

 泣き声が、後ろから聞こえる。必死に押し殺そうとしてもまったく収まらずに、しまいには嗚咽までしだした。

「私…涙が……と……止まらないっ」

 何度も何度も手で涙を拭きながら、ルージュは少しずつ声を絞り出す。

「どうして………」

「どうせ、悪い夢でも見たんだろ」

 俺は誤魔化しに走る。思い出さなくていい、あんな思い出なんて。デリートしてくれ、あの日の全てを。

「まだ着かねぇから、静かに寝とけ」

「うん……」

 そう返事をして、ルージュは再び眠る。

 次の会話はいつもの、ですます口調で頼むぜ。

 そう願って、俺は空を見上げる。その時ふいに思い出す。


 あの幽霊達は、今頃何をしているのだろうか。

以上、「幽霊の出る島」でした。最後までお読みいただきありがとうございました!

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