やんごとなきお方
正親町天皇は骨皮ばかりだった身体が改善された為、健康体とはいいがたいがいくらかの政務をこなせるようになっていた。
先の大戦以来京の都は荒れ果て周辺には放置された遺体が腐り異臭を放つ地獄絵図であり、それは帝(天皇陛下)が住まわれる御所も例外ではなく塀に穴が空き誰でも簡単に御所に出入り出来る危険な状況であった。
正親町天皇は頭が鮮明な名君であり、自身が置かれた状況や窮状を理解し耐え忍んでいたがその生活が好転することはなかった。
朝廷内の儀式や朝廷の最低限の体裁を整えるのですら安芸国の毛利元就や石山本願寺の援助によりなんとかなっているありさまだ。
しかし一年前より尾張国出身の仲達と名乗る者による物資の献上と献金により衣食住の必要最低限の生活を維持することが出来るようになったのである。
正親町天皇としてはこの恩人に何としてでも報いたいという気持ちを持っており恩人である仲達を探した。
そして山科言継らにより尾張国にて仲達の関係者と連絡をとることに成功したが、仲達は尾張の織田家に関係のある下賤の者なれど城ももてぬ身分の為詮索はお許し頂きたいとの返答を受けた。
「帝である我を救ってくれている仲達はその下賎なる身分の為に、我のもとに名乗り出ることも出来ず、更には主家を考えてこのことを口外できずにいるようだが、これは由々しき事態である」
「毛利元就や本願寺などはあらかさまな態度で官位や権威など見返りを要求してきたが、仲達なるものはただただ朕の身を案じて尽くしてくれておる」
帝はホロリと涙を流しながら仲達の献身に心から感謝していた。
「言継よ、朕の願いを聞き入れてくれぬか」
「ハッ、なんなりと」
「尾張に行ってほしい」
「帝の御心のままに」
生駒屋敷
「佐吉、椎茸の販売と帝への貢ぎ物にぬかりはないか」
「ハッ、椎茸販売は順調ですし、帝の件に関しましても茶筅丸様の差配通りにすすめてあります」
「で、あるか」
この佐吉は以前から滝川忍軍に命じて探していた人材の1人で近江国石田村の出身で寺に預けられそうになっていたところを俺が近習にしたのだ。
知謀と内政に優れた武将に育つことは間違いないし、今から目をかけて英才教育を施しておけば生真面目で忠誠心が高い佐吉は決して俺を裏切ることはないだろう。
何故ならば佐吉は豊臣秀吉の忠臣中の忠臣で豊臣家の為に命を散らせた石田三成なのだから。
豊臣秀吉が中国大返しを行えたり、大阪城をはじめとする名城の数々の築城や大戦を滞りなく円滑に実施できたのは石田三成の力が大きい。
椎茸栽培は清酒のすぐ後に領地を持たない俺は、滝川一益にゆかりのある甲賀の里で甲賀忍者を雇い山奥で令和の手法を用いた栽培方法を使用して量産化に成功したものを寺社仏閣や堺の大商人などに売り捌いているのである。
椎茸は干し椎茸にすることで栄養や旨味が増して長期保存ができ荷物にならないので扱いやすい商品だ。
その売り上げの一部を帝への貢ぎ物として銭や食料、反物などにして献上しているのだ。
本来ならば朝廷内に銭をばら撒いて政治的な工作をすべきなのだろうが、今の俺にはそれを必要とする立場や権力もない為、純粋に正親町天皇を思っての行動である。
いつの時代も帝や天皇陛下はいろいろと難儀しているのを知っているので自己満足の慈善だと思ってほしい。
しかしそんな俺の行動を傅役である滝川一益や前田慶次郎は心底褒めてくれている。
「爺は若様のことを誇りに思いますぞ」
「某も叔父上と同じ考えだ、流石は儂の主君よ」
一益と慶次郎に褒め殺されて思うのは、たとえ権力や財力がなくとも帝の影響力は計り知れないのかもしれぬと。
そしてこの後に俺は我が身を持ってそれを思い知らされることとなる。
「若、一大事ですぞ」
「どうした爺、そのように慌てて」
「清洲城に帝の使者として山科言継様がみえたのでこざる」
「なにゆえ山科様が」
「帝より織田家領民の仲達なる者の献身に感謝の言葉が伝えられ、その主である織田信長を尾張守に封じるとの勅命がくだったのです」
「で、あるか。して父上の反応はいかに」
「狂喜狂乱でござった」
「まさか私のことは言っていないだろうな爺」
「もちろんでござる」
その時廊下よりどかどかと大きな足音が近づいてきていきよいよく戸が開けられた。
「茶筅丸、いや仲達だったか」
「父上、何故その名を」
「ほう、やはり貴様の仕業であったか。山科殿より帝が仲達なる者を大変気にしておられるのでくれぐれも処遇をお願い致しますぞと念を押されて帰られたのだ」
「しかし仲達とな。司馬懿か?」
「で、あります」
「で、あるか。悪くない元服の際には信達とでもいたそうか」
「で、ありますか」
「しかしでかしたぞ茶筅丸。清酒の銭をつかったのか?」
「はい、清酒の銭と椎茸を少々」
「ほう詳しい話は後でゆっくり聞かせてもらうとしよう」
「で、ありますよね」
「それはさておき茶筅丸のお陰で帝より尾張守に任じられたことにより名実共に尾張の支配者として認められた効果が早速でた」
「といいますと」
「目障りだった犬山城の織田信清が降ってきたから信清の隠居と犬山城を明け渡す条件で許した」
「なるほど、信清も落ち目でしたしこのままではじり貧でしたから此度の父上への勅命を好機と見て降ったのでしょうね」
「で、あるか。して茶筅丸どこか欲しい城はないか?」
「欲しい城でございますか父上」
「褒美じゃ。儂は小牧山城が完成したから其方に移るので清洲城でもよいぞ。好きな城を選べ」
「でしたら那古野城を頂けたらと思います」
「ほう那古野城とな。よかろう。だが何故那古野城を選んだ?」
「はい、地の利もありますが何より尊敬する父上が幼少期に過ごされた城で同じ景色をみたいのです」
「であるか。励むが良い」
「ありがたき幸せ」
こうして俺は念願の城持ちとなったのであった。
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