永禄6年
滝川一益が傅役となり前田慶次郎が家臣となってから一年がたっていた。
史実では数年後に死んでしまう母吉乃をなんとか助命する為に、俺は慶次郎らと狩りを行い、猪や鹿、うさぎ、狸、穴熊や鳥などを狩り蛋白源の確保に努めた。
上方で手に入れた鶏の繁殖にも成功した為、卵が取れるようになったのも大きい。
今では獣肉を叩いてミンチにしたハンバーグが母吉乃の好物となっており、栄養状態が改善されたせいか顔色と肉付きが良くなってきたと思う。
鶏の恩恵は卵だけでなく鶏糞を肥料として発酵させて使うやり方を一益を通じて父信長に進言してもらい各地で試した結果痩せた土地で豊作になった為、流石熱田大神の加護を受けた麒麟児だと尾張領内で俺の名声が高まった。
また俺のお陰で熱田神宮の威信が大きく高まったとのことで御利益があるからと寄進なども以前の倍以上になったとのことで大変感謝されている。
戦の際には特別に熱田神宮の旗を旗印として使うことを許されたほどである。
旗印とは武田信玄の風林火山や上杉謙信の毘沙門天の毘のようなやつである。
よし上杉謙信のように戦の際には太刀と旗を掲げて熱田大神よ我に力をとか言ってみよう。
「若様にやにやしてどうされたのですか?」
「むっ葵!げふん、げふんなんでもない気にするな」
この葵というのは滝川一益の娘で出羽国(山形県)出身の側室との間に産まれた子らしく年齢は俺の一つ下で顔は雪だるまのように白く頬っぺたは餅のようにのびるのでたまにつまんではぷんすこ怒られている。
葵は幼いながら父一益から忍びの技を仕込まれており常時俺の側に居られない一益が護衛けん身の回りの世話係、一益との連絡係としてつけてくれたのだ。
身体はまだ幼いが、滝川一益が独自に開発した飛距離や威力が落ちるので戦には向かないが、一対一の戦いでは威力を発揮する短筒の名手でもあるので侮れない。
「若様、父上が例の物が出来たとのことです」
「まことか葵」
俺が滝川一益に頼んでいたものとは蒸留器である。
俺が図面を起こして作成を指示したのだ。
蒸留器があれば焼酎や芋焼酎、ブランデーなど様々な酒を作るのに役立つが、俺が欲しかったのは医療用消毒アルコールである。
この時代衛生面がかなりひどい状態でささいな傷や病で人が亡くなってしまう。
そう俺が急ぎ消毒用アルコールを欲した理由は衛生環境を整えれば母吉乃の命を救えると考えたのが大きい。
迷信がはびこるこの時代では父信長や俺の周りの者以外は新しいことや、変化することを拒絶する傾向にあるが、逆に迷信が信じられる時代だからこそ熱田大神の名前が威力を発揮する。
大抵のことは熱田大神の神託であると言えばまかり通るし、熱田神宮も「熱田大神の御神託」であると積極的に広めてくれるのもありがたい。
消毒用アルコールは手に入ったので簡単な外科手術が出来るようにメスやハサミ、ピンセット、針など医療機器も作らせることにした。
せっかく蒸留器を手に入れたので手っ取り早くできる焼酎も作ってみたのだが、慶次郎がうまいうまいと涙を流して飲んでいたので上手くいったようだ。
ここ一年清酒を献上したことで親しくなり文通する仲になったあの方にも贈るとしよう。
あの方に至っては転生前より織田信長と並ぶくらい好きだった憧れの武将である。
その武将は大の酒好きで戦の際にも馬上杯を持ち酒を飲みながら行軍するほどである。
俺は葵に命じて滝川忍軍の者へあの方に焼酎と文を届けてもらうよう手配させた。
慶次郎も前田忍軍を傘下におさめているが、こちらは少数精鋭で戦闘に特化している為、主に俺や屋敷の護衛を影ながらしてくれている。
前田忍軍は箱根の風魔忍軍と互角以上に戦えると言えばその強さはわかるだろう。
滝川忍軍は万能的に全ての忍び働きをそつなくこなすが、特に優れているのは火薬の扱いである。
以前一益に火遁の術に使う焙烙に火薬と共に釘や鉛玉を入れておくと殺傷力が上がる話をした際にニヤリと口角を上げた時の顔の恐ろしさは今でも背中が寒くなるほどだ。
確か関東や新潟県のあたりで石油や天然ガスが取れるはずなので手に入れた際は一益が大喜びするはずだ。
蒸留器を作れるぐらいの技術力があるなら俺の領地が手に入った暁には鉄溶鉱炉を建設して蒸気機関の研究も始めなければならない。
そのためには炭鉱の確保が必要になってくると俺は考える。
石炭を蒸して不純物を除いたコークスを燃料とする高度な鉄溶鉱炉が最終目的だからだ。
鉄鋼が作れるようになれば文明を数世紀飛ばせるぐらいの効果がある。
そして俺はニヤリと口角を上げるのだった。
余談としてニヤリと口角を上げる滝川一益にブルブル震える茶筅丸でしたが、ニヤリと口角をあげる茶筅丸を見てブルブル震える葵なのでした。