特異点
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名古屋城 山県昌景視点
山県三郎兵衛昌景と赤備えは城内の大風呂で身体を清め休めた後、新しい着物を与えられ、三郎兵衛だけは大広間に通された。
一段上の上座には織田茶筅丸様とその奥方と思われる美しい女子が座っているようだが、儂は頭を下げているので詳細はわからない。
ただ左右には家臣と思われる屈強な武士達が並んでいるのが気配でわかる。
「おもてを上げよ」
「ハッ」
「先程ぶりだな山県三郎兵衛昌景。武田の赤備え、そして素晴らしき人馬一体での戦働きは私の耳にも入っている」
「恐れながら茶筅丸様、某の戦働きをまるでその目で見たような物言いでございますが、某など亡き兄上に比べればまだまだでござる」
「で、あるか。まあ実際に戦働きを間近で見たのは我が妻であるがな」
茶筅丸様が苦笑いをされながら自身の妻が儂の戦働きをみたと言っているがなにがなんやら意味がわからない。
儂がそのように疑問を浮かべながら考えているとぞくりと震えを覚える強い視線と神威と覇気を感じた。
「ぐわ、こ、これは軍神上杉輝虎…ばかな」
戦場で受けたあの圧迫を全身に受けた三郎兵衛は無意識に呟き背後に跳躍する。
そしてあたりを見渡すが、もちろん軍神上杉輝虎の姿は見当たらない。
しかし身体は正直であり、全身に嫌な汗が止まらない。
「久しいな飯富、いや今は山県か。其方も其方の兄も実に勇敢であったぞ」
「な、何故奥方様が某のことを」
「妾の顔を見忘れたか」
「まさか、ぐ軍神上杉輝虎公でござるか」
「いかにも、妾が関東管領上杉輝虎である」
三郎兵衛は心臓が止まりそうになるほどに驚いた。何故ならば策略を駆使して川中島の戦いは何とか互角に戦ったが、人的被害は圧倒的に武田家の方が大きい。
まさに生きた災害であり、単純な戦闘力の高さは日の本一である上杉輝虎が女子であり、歳の離れた熱田大神の加護を受けし神童の正室に収まっているのだから。
「山県、妾も其方とは一度じっくりと話をしてみたかったのじゃ。あとでゆるりと話そうぞ。婿殿、本題を」
「で、ありますか。太郎殿の詳細は嶺松院より聞くが良い。結論として太郎殿は身分を隠し我が家臣として蝦夷地で開拓に携わっている」
蝦夷地という言葉には驚いたが、太郎様が生きていると聞き儂は無意識に涙を流していた。
そしてその後茶筅丸様は、熱田大神の神託があり労咳持ちの武田信玄が死んだのち後継者問題もあり家中の分裂の後武田家は滅亡すると仰られた。
俄かに信じがたい話ではあるが今回の事件のことや武田家中の最重要機密であるお館様の労咳を言い当てたので熱田大神の神託を信じることにする。
「武田家滅亡を避ける方法は?」
「正統な直系たる太郎殿が家督を継ぎ名を残すしか方法はない」
「某はどうしたら良いのでごさろうか」
「太郎殿を大切に思うならば私の家臣になれ。お主の活躍が直接太郎殿やその妻子、未来の武田家の存続に繋がると思うが良い」
「ハハッ、この三郎兵衛誠心誠意お仕えいたします」
出奔してきた手前帰る場所もなく、配下も養わなければならなく、太郎様や武田家の未来に貢献できるこの申し出は渡りに舟であった。
名古屋城屋根裏
滝川葵は天才であり、この若さで上忍と言われる凄腕のくの一であるのは間違いない。
しかし天才であるが故に他者の実力を正確に測れてしまう。
名古屋城で暮らし始めて初期の頃は前田慶次郎の前田忍軍の骨みたいな男だから女だからわからない輩と、戸隠忍軍の霧隠才蔵が恐ろしいと思っていた。
しかし月日を重ねるごとに伊賀上忍三家の頭領である服部半蔵、百地三太夫、藤林長門守など考えたくもないほど危ない輩が住みつき家臣となっている。
そして今回の加藤段蔵である。葵はその姿を見た際にあまりの恐怖に数滴漏らしてしまった程である。
実態がわからないだけでなく、年齢や容貌、性別すら靄がかかってはっきりと認識できないのだから恐ろしすぎる。
高位の忍びや今回の武田の赤備えのような猛者など味方なら頼もしいが敵ならば何とも恐ろしい者達が名古屋には集まってくる傾向がある。
特異点でもあるのでは…葵は顔面蒼白になり、奥歯を噛み締めて修行に励むのであった。
名古屋城中庭 前田慶次郎視点
柴田勝家は上半身裸になり前田慶次郎と槍の手合わせをしていたがその顔色は優れなかった。
勝家の顔色が優れない理由を慶次郎は理解しており、その為に脳筋の勝家の心の靄を晴らす為に手合わせに付き合っているのだから。
慶次郎としてみれば茶筅丸の家臣団は滝川一益は自身の親族であるし、忍びの者達は自身の出自もあり馴染みやすい。
酒好きで武闘派の寄力の柴田勝家や村上通康などと過ごすのも楽しいし、年齢が離れているが佐吉や上杉家から来ている樋口与六などとも妙に馬があい共に過ごすことも多い。
関東管領で軍神の上杉輝虎が絶世の美女で若様と婚姻を結んだのには流石の慶次郎も腰を抜かしそうになったが、今回は武田家絡みで風林火山の火である赤備えと山県三郎兵衛昌景の来訪と臣従である。
伝説の合戦である川中島の合戦の主役達が続々と名古屋に集まっているのだから誰もが驚きしかない。
名古屋城は才能ある者達や、強き者達が集まる特異点なのかもしれないと思うのであった。




