同い年なんです
ここ正陽高校はただの高等学校ではない。
一年生は不良と一般人六対四、二、三年生は七対三の割合を誇るこの地域では名の知れた不良校である。
二年生に上がると割合が増えるのは不良に感化された元一般人の方々がいらっしゃるからだ。
ちなみに男子校。
まあ共学だったところで、こんな不良校に女の子が来るかと言われたら来ないだろう。
開校当初は共学だったらしいがあまりの不良の多さに女性の安全の観点から論議され、男子校になったらしい。
あとそもそも女の子は不良校だと知っているから入学時の男女率の割合が低かったし、不良くらい大丈夫だと笑い飛ばしていた強い子も大抵が転校していった、らしい。
オレとして男子校であるという事実が不良を増やし、また増長させているのだとと思わないこともない。
まあこれだけを鑑みると校内の治安が悪い、頭の悪い高校のような印象を受けると思うけど、実際はそこまで馬鹿じゃない。
偏差値五十二だ。
うん、中央値は超えている。
高校に進学する不良は所謂、いい不良だと俺は思ってる。
たまに悪い不良がいないこともないけど、基本一般人には手を出さないと決めているらしくそういうヤツラは制裁されているため、ガラが悪くて精神的にめっちゃ怖い以外は意外と無害。
まあ、怖いんだけど。
超怖いけど。
びびるけど。
実害は本当にないんだよなぁ。
しみじみと思う。
先生達は普通に授業をするから、授業中は真面目にしていれば不良さん達でも全国偏差値五十以上を保てる。
授業中煩くする不良さんは他の真面目に授業を受けている不良さん達に干されている。
そこに数人いる武力担当の教師が混ざっている時がある。
そのような教師様は授業よりも生き生きとしていて怖かった。
受ける気ないんだったら堂々とサボってろ! という言葉は、正陽に入学してからよく耳にするフレーズとなってしまった。
ちなみにこの言葉は教師も言う。
正直どうかと思うけどこれが現実。
そんな高校の始業式。
オレのクラスは22ルーム、一般的に言うところの2年2組だった。
番号は22番。
この高校は不良校だから少し変わっているのだろうか。
学年とクラスをくっつけて番号で読み、そこに「ルーム」という言葉をつけるのはこの高校ではお馴染みだ。
うわぁ、めっちゃゾロ目。
覚えやすい。
間違えて前年度のクラス番号を書いてしまうという出来事が一学期には多発するからありがたい。
こんな奇跡なかなか見ないよなと思って気分が上がる。
その上今日からは、学年は違うだろうけど友達がいる高校生活なのだ。
にまにまと笑いそうになるが、ひとりで笑うのはただの不審者だからと必死に堪える。
時刻はまだ八時過ぎ。
朝のSTは八時四十分からだからまだまだ時間が有り余る。
オレはなるべく早く、人が教室にいない時間の内に着きたいからいつもこんなものだ。
いつも本を家から持ってきて、自分の席で読んでSTまでの時間を潰す。
本は大好きだから仕方がなくではないんだけど、やっぱり友達と楽しくお喋りしていつの間にかSTの時間になっちゃってた、というものに憧れはある。
そしてオレは今、今日は早くくるんじゃなかったと後悔しているところだ。
早く朝のSTの時間になってほしい。
そして早く終わってほしい。
俊介を探しに行こうと決意して学校に来たオレは、オレが学校に着く時間が一般的でないということがすっぽりと頭から抜け落ちていたのだ。
学校に着いてから思い出して、オレはちょっと拍子抜けしてしまった。
「あ」
まだオレを含めて三人しか居ない教室、しかもクラス替え最初で話し声皆無な空間にその声はよく響き、オレは気になって顔を上げる。
俊介にそっくりだったように聞こえた声。
そして目に入った人物は。
「二年だったのか…………」
「え、二年生?」
オレと俊介の声が被る。
スリッパの色から俊介がちゃんと2年生なのかを確認する。
確かにそれは第2学年を示す青だった。
それでも俊介が2年生だなんて信じられない。
でもばっちり青だった。
俊介は身長が高く雰囲気も近寄り難い感じがあり、孤高な雰囲気が大人っぽいいため、同い年なのだという可能性は全くオレの頭になかった。
「今スリッパの色確認しただろ」
「…………うん」
俊介がオレに近づきながら言う。
「でも、俊介だって予想外! って反応したでしょ……?」
納得いかなさそうな表情をオレは今していると思うが、それは俊介もだった。
「いや、お前ちいせぇし」
「俊介が大きすぎるの!」
自分がチビだという自覚はある。
しかも2年生なった今でもブレザーに着られている感があるのもわかっている。
だから着崩しても似合っている俊介にちょっとむっとして、半ば八つ当たりのように言ってしまった。
それと同時に、俊介と上手く話せることに安堵した。
「ああ。俺は大きい」
「言い切るんかい!」
オレは思わず吹き出す。
そんなに堂々と言うことでもない気がするけど、俊介にとても似合っていた。
オレは笑いながら、自分の席を指差す。
「オレ、22番」
「………………?」
不思議そうに首を傾げられた。
自慢げに言ったのに。
通じなかったことにショックを受けて沈んでいると、
「ああ。奇跡だな、完全なるゾロ目かよ」
理解してくれた俊介が笑い出し、オレもつられて笑った。
「ふふ、意外だったけど俊介と同じクラスで嬉しい」
笑いながら、それでもこれだけは伝えたかったから言う。
「俺も嬉しい」
優しそうに細められる目を見て理解する。
オレが俊介と沢山話すことができるのは俊介の表情が他の人と違うからだ、と。
昨日俊介とLINE通話で話した。
でもその時はうまく喋って会話を続けることができなかった。
それでもなんとかおしゃべりを続けて、通話を切った後。
なんでだろうと一人で考えても、答えは出てこなかった。
けれど、今出た。
俊介はオレが話すまで待ってくれるだけではなく、オレの目を見て、オレが話し始めるまでずっと待ってくれるのだ。
しかもオレが話している間、目を優しく細める。
それはオレの話しを楽しんで……いるかはわからないが、嫌がらずにいてくれるとは確かにわかるものだった。
だから焦らすに話せたのだ。
今更だが電話ではダメだった答えが出てすっきりとした。
「真央?」
「…………あ、ごめん。自分の思考に浸かってました」
「だよな」
頷かられるのは違う気がする。
「なにかは知らん終わったか?」
「うん、終わったよ。めちゃくちゃいい答えがでた。俊介大好き」
「んん!?」
俊介が挙動不審になってしまった。
どこにそんな要素があったのだろうかと首を傾げ、ようやく自分が何を言ったのかに思い当たる。
うわぁ!!
なんであんなに恥ずかしい言葉をすらりと言えたのだろうか。
いや、人前じゃなかったらもう少し恥ずかしくならずに言える。
しかし此処は学校。
しかも人前。
さらに言うとオレと俊介は数日前に友達になったばかりで、そんなオレに大好きなどと言われて俊介が嬉しいわけがない。
気持ち悪がられるだろうか。
よくて引かれるのがオチ。
失敗したなと思い、泣きそうになったところで俊介が言葉を発した。
「俺も、真央のことが大好きだ」
泣きそうになっていたことも忘れてぽかんと口を開ける。
「…………え?あぁ、いやいやいや、付き合わせてごめん」
「嘘じゃなくて本当だから、問題ない」
「会って数日だよ?」
「日にちって関係あるのか?」
「………………ない、です」
日にちは関係ない。
そもそもオレだって俊介のことが好きなのだから。
俊介もしっかりオレを友達だと思ってくれている様子に嬉しくなり、にへらと笑う。
唐突に俊介の指が俺の顔に触れる。
「涙」
「っ、あ、涙ね」
びっくりした。
笑った拍子に溜まっていたのが溢れたらしい。
恥ずかしくなっている自分にさらに恥ずかしくなる。
この距離感はきっと友達なら当然なのだろう。
しかし深く付き合う友達が初めてなオレは戸惑ってしまう。
慣れなくては。
そんな意味不明な使命感に襲われた。
ふんすと握り拳を作った所で俊介と目が合う。
急にに気合いを入れたオレを俊介はしっかりと見ていたのだ。
オレはそっと拳を解き膝の上に納めて何事もなかったかのように尋ねる。
「……見た?」
「しっかりと」
「…………忘れて?」
「ムリ」
意地悪だあと言いながら机に突っ伏す。
そんなオレの頭を俊介はくしゃくしゃとかき混ぜて楽しそうだ。
なされるがままな状態で、あまり表情を出し慣れていない同士であるオレと俊介は互いの表情が読みやすいのかな、なんて考えていた。
ST開始時刻十分前に迫った頃。
オレは漸く周りがいつも以上に騒がしい理由がクラス替えによるものではなくオレ達なのではということに行き着く。
騒がしさはクラス替えだしこんなものかと思っていたけど、どうにも視線がオレ達に刺さっている気がしてならない。
「ん?ああ、視線が煩いよな」
オレの様子に気がついた俊介は怜悧で鋭い視線を周囲へと巡らせ、あんなに騒がしかった雑音を一瞬で消してみせた。
一般人はともかく、不良までもを黙らせてしまえるなんて、俊介は何者だろうか。
ただの不良ではなかったのかと驚く気持ちと、確かにただの不良には収まらないオーラがあるなと納得する気持ちがせめぎ合う。
これは。
オレの体が震える。
そんなオレをどう捉えたのか俊介は鋭い目を途端に緩めて慌て出す。
「まっ真央、これはだな」
「かっこいいね!」
声が被る。
「…………怖くなかったか?」
「そりゃ不良さん達は怖いけど、俊介は友達だから別」
「そうか」
安堵したように息を吐いた。
不良さんというのはただの括りなのだから、よく知った相手はそこから外れて当然だろう。
ただ気になることはある。
「バレーノの総長って本当?」
何故知っているのだと言わんばかりの表情を返される。
「さっき聞こえてきたんだ」
俊介は無言で辺りに冷気を送り込んでいるが、オレには全く届いていない。
器用だな。
冷気を送られている人達には申し訳ないが、オレは感心してしまう。
俊介がため息を吐きながら言う。
「ああ、本当だ」
「あ、そうなんだ」
「ああ」
そこから俊介は無言だ。
「何も言わないのか!? つかなんか言ってくれ!」
この話はまだ続いていたのか。
聞いた本人であるオレはもうとっくに終わったと思っていたんだけど。
「え、気になっただけだし、聞いたからもう特に何も」
「いや、友達やめようくらいは言われるかと思った」
「え、さっきの告白なかったことにしないで!?というか、そんくらいで友達やめるんだったらそもそも不良そうだという時点で友達なってないし!」
「おお、…………ごめん」
オレの勢いに負けたからかもしれないけど素直に謝る姿ににオレは満足してこくこくと頷く。
「あ〜〜、可愛い」
そう言ってオレを抱きしめて頭に頬擦りをしてくる俊介を、オレは可愛くないと反発しながらも受け入れた。