これは最初で最後の愛
俺、天雷俊介は不良だ。
自ら不良を名乗ったことはないが、暴走族の総長を押し付けられているのだから一応そう分類されるのだろう。
暴力が好きで喧嘩をしているわけではない。
ただ気晴らしがしたい。
それには暴力がうってつけだった、と言うだけの話だ。
この身を燻る熱を発散させるのにはセックスもちょうどよかったが、何よりも手っ取り早いのが喧嘩だったから、結局はそちらばかりとなった。
喧嘩はちょっと煽ればすぐに始まる。
それに比べてセックスは相手が、する前もした後も面倒くさい。
両親に愛されたことがない俺は当然誰かを愛することができず、寝た相手からは愛することのできない欠落品だと言われる。
自分でもそう思う。
自分が欠落品だとは認識できても、じゃあ何処がと問われたら答えることができない。
何処が欠けているのか。
そんなもの、愛を最初から得たことがない俺には分かるはずがないのだから。
食に興味が持てない俺は大体をゼリー飲料やらインスタントやらをネットで買って済ませる。外食は面倒だ。
しかし、それらを食べることさえも面倒だと感じる時があり、その時は固形物どころか水さえ必要最低限しか摂らなくなる。
それでも俺は生きている。
なんてしぶといんだろう、と頑丈な己に呆れる。
春休みも残りわずかとなった頃。
喧嘩中にも調子が悪いとは感じていたが、一人暮らしの家へと帰る途中、それがさらに悪化した。
もう少しで着く家に戻ることが一番なのだとはわかっているが、どうもその少しを動けそうにない。
休めば良くなるだろうかと思い、家よりは近い公園のベンチに座り、横になる。
頭痛い。
めっちゃガンガンする。
それに気持ち悪い。
休めども一向に体調は回復しない。
喧嘩終わりだから怨みで不意打ちを喰らわれるかもしれないから、一刻も早く家へ戻れるくらいには回復したいのに。
そんなことを考えている時、ふいに陽が遮られる。
敵か。
せめて威圧をと目を向けると、喧嘩なんてとてもじゃないが出来そうにない体型の男がカーディガンを片手に袋を持ち立っていた。
全く喧嘩をする装いではない。
なんだコイツ。
俺の威圧で固まったくせに、俺へと近づいてきてわざわざカーディガンを顔にかけてくる。
そして俺の腕をとり、遠慮がちに引っ張る。
何がしたいんだ。
「と、とりあえず、日陰に…………」
なんでだと思いつつも言い返すことすら面倒で、引っ張られるままについていく。
そして弱そうな男は俺を移動させたのに先に地べたに座る。
その行動にも何故だと思いつつ、正直立ち続けるのは辛いため同じように座る。
座った方がマシだが、体が怠いことに変わりはない。
少し体の力を抜いたところでまた腕を取られ、引かれる。
休もうと思ったところで不意打ちをされた俺は引かれるがままに体を倒す。
理解不能に陥った。
「…………どうぞ」
どれくらいの時がその間に通り過ぎたのかはわからないが、弱そうな男からそっとペットボトルが差し出された。
飲む気が起きずに無視していると、弱そうな男は首をかしげる。
そして何かを理解したように頷くと、徐にに腕を戻しペットボトルの蓋を開け、再び俺に差し出す。
そういう意図でペットボトルを受け取らなかったわけではないのだが、俺が受け取ると信じて疑わないこの弱そうな男になんとなく絆された。
一度飲むと止まらなかった。
全てを飲み干した後、漸くそれがレモンティーなのだと言うことにまで意識が向けられるようになる。
スポドリとか水じゃなく、何故レモンティー。
いや美味かったし文句はないが。
体調不良者に渡すものではない。
飲み物を含んだことで、やっと俺は熱中症なのかと見当がついた。
昨日は固形物は何も食べていないが、水も飲んでいなかったようで、飲んだ記憶がどこを探っても見つからない。
プラス、今日の陽気で熱中症が起きたのだろう。
つまり俺がしなくてはならなかったのはまず水分を取ることだったのだ。
休んでも良くならないわけだ。
あのままだったらマジでやばい状態になっていただろう。
素直に感謝の気持ちが湧き上がった。
俺に気がついていたであろう人々は、不良に関わりたくないと見て見ぬふりで通り過ぎていった。
この弱そうな男も、不良の俺に怯えていた。
なのに介抱してくれたこの男に対して、胸の奥から何か温かいものが込み上げてくる。
「ありがとう」
弱そうな男は目を見開いた後、嬉しそうに笑った気がした。
「……ん」
「助かった。俺の名前は天雷俊介だ」
「…………」
こくりと頷かれたが、それきりだんまりと無言になった。
この流れは名乗るやつだと察してくれ。
無性にこの男の名前が知りたかった。
「……オ、オレの名前は佐藤真央」
「真央か。――真央って呼んでいいか?」
「うん」
「俺は俊介と呼んでくれ」
「…………わかった」
また無言になる。
ここで漸くこの弱そうな男は言葉を紡ぐまでに少し時間が掛かるのだと気がつく。
いつもの俺ならちがうが、この弱そうな男になら、話す気があるのなら待とうと思える。
「なあ、真央はこの近くに住んでんのか?」
「うん、そう。俊介も?」
「ああ。ついでに言うと高校も近くだな」
「え、オレも。…………もしかしなくても正陽高校?」
「もしかしなくてもって」
何がツボだったのかは自分でも謎だが、何故か笑いが込み上げる。
新一年だろうか。
小さいし、そんな感じがする。
それよりも。
「じゃあまた会えるな」
これに尽きる。
「……あ、だね」
「…………うれしくねぇか?」
「いや、オレと会うのをそんな楽しみにしてくれるとは思わなくて」
「そうか?俺はすっげえ楽しみだ」
「…………ありがとう?」
真央は反応に困ったように小首を傾げる。
あ、可愛い。
自然と思って、自分で驚く。
はあ!?
真央、平凡な容姿の男だぞ!?
なんで可愛いって思ったんだ?
と、自分の思考に困惑する。
そんな中、眉を寄せながらしっかりと真央を見つめる。
そしてちゃんと見ても平凡なはずなのに真央が可愛く見える自分にまた驚く。
ペットボトルを両手で握ってるのが小動物っぽくていいな。
自分の思考回路にまた突っ込みたくなる。
「…………どうしたの?」
「…………いや」
「そ、そう?」
俺のずっと外れない視線にそわそわする真央を眺める。
そして真央の顔が緩んでいると気がつく。
「どうして笑ってんだ?」
「え!?……い、いや、なんかちょっと仲良くなれた気がして嬉しくて自分の思考に浸かってました…………」
頰を赤く染めながらも嬉しさを隠そうとせずに言う姿に胸をがしっと掴まれた。
あぁ、俺は真央が好きなのか。
つい昨日の俺なら、俺が愛を理解するなんて言っても信じないだろう。
しかし、今ならわかる。
得たら自然と理解できるものなのだ。
俺は真央を愛している。
と。
俺は初めての感情に戸惑いながらも、これで終わりの関係にならないようにとLINE交換を提案する。
きょとんとする顔に急すぎたかと焦ったが、友達っぽいと喜ぶ姿に体を緩める。
『今日はほんとにありがと、助かった』
この文章と共に、さっき急いで漁って買ったスタンプを添える。
犬のスタンプを選んだ理由は真央は犬が好きそうだという偏見だ。
もっと可愛い犬のスタンプもあったが、それらは流石に俺に合わないと思ったからやめておいた。
まずは友達から。
でも、ゆくゆくはーーーー。