覚え書き・祖父の戦後体験談
○×があるとこな? あれが部落(集落の意)の入口だっけんが。
いまは換地で舗装されちまっただが、もともとあっこはふけ(深田)でなぁ?
そったらわけでよ、物見櫓さ立ってただ。
あんだかよ(何だって)?
ふけに物見櫓さ立ててあじすんだ(どうすんだ)って?
そらおめぇ、飛び降りっからよ。分かんねえだかなぁ。若ぇ男ってのは馬鹿だからよ、誰が一番高いとっから飛ぶだかってやるだぁよ。
ふけなら足折る程度ですむだぁもん(のだから)。おっ死ぬことはねっぺがよ。
あん頃はよ、若ぇ者がたくさんぶらぶらしてただ。
仕方ねえとこもあんだよ。そらだっておめ、昨日まで「鬼畜米英、撃ちてしやまん」だったもんが「かーむかーむえーぶりぼーでぃ」ではよ、先生の威厳丸潰れでねぇか。そりゃ言うこと聞く気にならん者が出ても仕方ねっぺ。
どうせそのうち家継ぐか余所さ出るかするっけぇ、構うもんかって話だぁよ。
その物見櫓だがな、上に半鐘ついてただ。
その半鐘がたまにガンガン鳴るだぁよ。いや、火事ではね(ない)。
半鐘が鳴ったら、急いで家さ帰るだ。
案の定、「大蔵省が来たどー、税務署が来たどー」って声が聞こえてくるだ。
どぶろくの取締りだぁよ。
どぶろくってのはあれだ、密造酒だな。
米さふかして○○、糀を○×、○○××、そったら△△……
「じいさんおめぇ、孫になんてこと教えてんだぁよぉ」
「ばかおめぇ、大事なことだ。百姓の孫がこんぐらい知らんであじするだ」
ともかく、酒を勝手に作るのはご法度だっぺ?
あん頃は特に食いもんが無ぇだからよ、米を供出しろ酒に変えるではねってうるさぁてな。
そんで大蔵省(税務署員、以下同)が見回りに来るだ。どぶろくが見つかると罰金だ。酒は酒屋で買わねばおいねだ(いけない)。
だっけんがぁよおぉ、見つかると罰金なら、見つかんなきゃいいだけだっぺ?
そんでなぁ。今は壜ごと酒を買うだっぺ? これが昔は「計り売り」でよ。こっちから酒屋に壜持ってって中身を詰めてもらうだぁで、空の壜だけ見つかっても証拠にはならねぇだよ。
つまりだ。どぶろく造るっぺ? 壜に詰めるっぺ?
大蔵省が来たら見つかる前に飲んじまえばいいだ。
だからみぃんな家さ駆け戻るだ。
物見櫓でぶらぶらしてるのでも、童どもは部落ん中走って触れ回る役割だな。何だかよくわかってねぇだよ、鬼ごっこぐらいのもんだ。
年かさの者はよ、今で言う中学生高校生だな、だいたい分かっててそれぞれ目当ての家さ駆け込むだ。当主がのんべの家だな。
せっかく造ったどぶろくだがよ、余して見つかったら罰金取られるだ。だったら振舞うしかねっぺ? それで若ぇ衆はただ酒にありつくだよ。
若ぇ者に限らず、おらたちも田んぼ(農作業)放って招いたり招かれたりだ。とんかく時間との勝負だな。かけっくら(競走)して一気に飲んで、昼間っから顔真っ赤だ。ちょっとしたまっち(祭り)だな。
で、大蔵省の税務署が踏み込んだ時には空壜だけ。罰金さ取れずに顔真っ赤して。
向こうも考えて人や時間を変えて来るだがよ、こん(この)田舎に背広着た余所者が歩いてきたらすぅぐ分かるだ。かけっくらしても無駄だぁよ。
ところがよぉ、○×のじじくそ(くそじじい)な、あれが罰金取られただ。
あのじじくそはしわんぼでおいね。若ぇ衆に振舞えば良いものをケチっただ。そんで床下だかに隠したのを大蔵省に見つかって罰金だ。
だいたい床下なんてもんは物隠す場所じゃねえだ。いいか、隠すなら○○とか××とか……
「じーいさん!」
「大事なことだ!」
とんかく大蔵省の見回りはほとんど空振りでなぁ?
そのせいかめったに来なくなっただ。ま、いつ来たところで若ぇ者がぶらぶらしてるだから無益だよ。
……そう思っていただがよ。
ある日のこと、大蔵省が急に部落の真ん中さ現れただ。
入口から入るんじゃなくてほれ、あっちさ見える山。あれを越えて来ただよ。
間ぁ悪くどぶろく残してた家はみぃんな罰金だ。
そんで○○の○兵衛(屋号)な、罰金とられた腹立ち紛れで大蔵省に詰め寄っただ。
ひとの山さ勝手に立ち入ったんは許せんってよ。
「立ち入っても良いのだ、法律で許されておる」って大蔵省は言うだがよ、おめ百姓にそんな理屈が通じっかよ。これはおいねぇ。おいねぇだ(いけないことだ)。
だっけんが、そこで××の×衛門(屋号)がなぁ、肝腎の山の持ち主だ。
これがよ、「そったら格好で、背広も革靴もきちゃきちゃ(くちゃくちゃ)にしてまで来られたんではおらたちの負けだぁよ。今回はいさぎよく払うだ」って言ったぁで、そんでは最早、周りは文句言えねっぺ?
あれで溜飲さげたんだっぺよ、そっから大蔵省は来なくなったな。食糧事情も良くなったし背広破りたくなかったんかも知らねっぺが。
そしたらおらたちもどうしたわけかどぶろく造る気が失せたんは不思議だな。
そうでもねぇか。本職の酒屋が造る酒のがそりゃんめえしな。