摩通と五人の貴公子
しばらく、沈黙がつづきました。それを破ったのは、かぐやを呼びに来た侍女の声でした。
「姫さま、お客人でございます」
たぶん侍女に自分の姿は見えないのだろうけど、いちおう摩通は身をかたくしました。
「ひきとっていただくことはできないの」
「それが、そうはいきません。姫さまには、かならず母屋におこしくださいと、翁さまが仰せです」
かぐやは、ため息をつきました。
「会いに行くのか」
うなずいた彼女の顔に、一瞬かげがさしたように見えました。
かぐやは、御簾の向こうに並んで座っている五人の貴公子を見て、またため息をつきました。
「これはこれは、石作皇子さま、車持皇子さま。おお、阿倍右大臣さまに、大伴大納言さま、石上麻呂さままで、そろいもそろって!」
小柄な老人が、おおげさな身ぶり手ぶりをまじえて、うやうやしくそう言いました。どうやらこの老人が、屋敷の主のようでした。
「姫、都一をきそう、高貴な方々がお見えですぞ」
「わたくしに結婚を申しこむ殿方は多いのよ」
状況を理解していないようすの摩通を見やって、かぐやはささやきました。
たしかに、かぐやは美しい少女でした。くやしいことに、摩通だって、さっきは一瞬かわいらしいと思ってしまったのですから。
「父上さま、わたくしは、どなたともそうつもりはございません」
「姫、なんということを!」
かぐやの言葉に、老人は頭をかかえました。
「ねえ、摩通」
かぐやは「いいことを思いついた!」というように両手をぽんと打ちました。
「あなた、わたくしの相棒よね」
「そうだが」
すると、かぐやの瞳はこの上なくかがやきました。
「ほら、なんとかしなさいよ!」
かぐやは、小声でそう言うと、やきもきしたようにひざをたたきました。
「そうは言っても………」
(まったく、わがままな姫だ)
そう思いながらも、摩通は必死に考えをめぐらせました。団扇で吹き飛ばしてしまえばかんたんですが、あまりに強い風が起こるので、屋敷もぼろぼろになってしまうかもしれません。では、呪文を使ったら………?
(都で大きな力を持っている貴公子たちを呪詛したりしたら、大問題だ)
摩通はため息をつきました。
「なんとかしなさい、早く!」
けれど、かぐやはどんどんせかします。御簾の向こうでは、貴公子たちも、姫の返事は今か今かといった表情で待っていました。
(もういい、どうにでもなれ)
摩通は、腹をくくりました。うまくいってもいかなくても、もう知りません。どうでもいいやという、投げやりな気分になっていました。
「石作皇子には『仏の御石の鉢』、車持皇子には『蓬莱の玉の枝』、阿倍右大臣には『火ねずみのかわごろも』、大伴大納言には『龍の首の珠』、石上麻呂には『つばめの子安貝』を探せと言うんだ。それを持ってきた相手と結婚すると」
「そんなの、本当になってしまったらどうするの」
はじかれたように顔をあげて、かぐやは「とんでもない」と言いました。
「どれも、伝説上のものだよ。見つけられるなんて、まずありえないから」
摩通は静かにこたえました。
「………わかりました」
しばらくして、かぐやは心を決めたようにうなずきました。ひざの上でかさねた手がふるえています。摩通は、それを見ていることしかできませんでした。どう勇気づければよいかがわからなかったからです。
ようやく部屋にもどったかぐやは、両足を投げ出して座ると、つかれきったようすでうつむきました。なんだかさびしげでした。あざやかな赤い色をした着物をまとっているので、かぐやがよけいに白く、よわよわしく見えます。
「わたくしの父上は、いつもそう」
ぽつりと言ったその声は、とてもしずんでいました。天真らんまんに見える彼女にこういう一面があるというのは、摩通にはおどろきのような気がしました。
かぐやは、今度はひざをかかえて、顔をうずめます。
「父上はね、もともとはあまりお金持ちではなかったの。それでも、仕えていた主の気に入って、その娘である母上と結婚したのよ」
くぐもった小さな声が、部屋のなかにひびきました。
「――へえ」
やっぱり摩通には、あいづちをうつことしかできませんでした。本当は、なぐさめになることを言ってあげたいと思っているのに、です。
かぐやはなおもつづけました。
「でもね、とうとう子どもが生まれなかったの。わたくしは、見た目が美しいからとお金で買われた娘よ。わたくしを生んだ親はだれだか知れない。父上は、わたくしを高貴な身分の殿方と結婚させて、もっと大きな力がほしいと思っているのだわ」
(わがまま姫だけど、かぐやは、本当はかわいそうな子なのかもしれないな)
摩通は思いました。なんだか、そうだとわかると、かぐやのことを「わがままだ」と言って、悪く思うのはむずかしいような気がしてきました。
「………それにしても、あの人たちのあわてようといったら!」
きゅうに顔を上げたかぐやは、自分を元気づけようとでもするようにそう言って笑いました。
「かぐや姫さま、それはあまりに難題でございます!って」
鈴をころがすような笑い声が、摩通にはとてもさびしく聞こえました。