摩通と主
とりあえず人間のたくさんいる場所に行こうと思い立った摩通は、まず都を目指しました。団扇を使えば、たとえ千里の距離があったとしても、ひとっとびです。
けれど、相棒となる人間を見つけるのはたいへんそうでした。なにしろ、摩通のことが見える人間はいないらしいのです。それに気づいてはじめて、摩通は、自分がちゃんと天狗になったのだと思いました。天狗が見えるということは、才能の一つです。もとは人間だったという天狗たちはみな、ひまつぶしのために天狗につれさらわれたのです。天狗はあきっぽいので、人間をつれさって数ヶ月たったら、たいていもとの場所にもどしてくれます。けれど、天狗が見える人間の耳と目は、とてもとぎすまされていて、世界の網目がすみずみまで見えてしまいます。それは、とてもつらいことで、人間として生きにくさを感じてしまったり、人間の世界にもどりたがらないことが多いのです。ちゃんとした人間ではないけれど、摩通だってそうでした。
お腹がぐうとなりました。
(これからどうしよう)
天狗だってお腹はすきます。これまでは蓬源通の手下の烏たちが人間の世界から運んできた食べ物をもらっていました。天狗になるより前は、狐の姿で狩りをしていました。けれど、今はそういうわけにはいかないので、はやく、食べ物をわけてくれる相棒を見つけなければなりません。
摩通がおりてきたのは、朱雀大路と六条大路が交わるあたりでした。行き交う人々はみないそがしそうで、摩通のことが見えるはずの牛ですら、車をひっぱるのにせいいっぱいのようでした。この調子では、だれも、ちっとも気づいてくれそうにはありません。
「やあ、てめえ、おいらたちのシマを荒らすんじゃねえぞ」
頭上からけたたましい烏の声がふってきました。
「一目見りゃわかるんだぜ、ひよっこの天狗ってのは。食いもんにこまって、どうせおいらたちの獲物をよこどりするんだからな!」
「うるさいな」
摩通は飛び上がってどなりました。
「烏ってのは、ふつう天狗の手下だろう」
「ふん、だ。そんなのは、天狗の傲慢さ!」
相手は一歩もひきそうにありません。摩通はかっとなりかけて、あわてて頭をおさえました。
(あぶない、もう少しで耳が出るところだった)
そのとき、たくさんのはばたきが、空のかなたからこちらをめがけて飛んできました。
「こら、弥助!」
ふりあおぐと、そこには十羽ほどの烏の一団がありました。その先頭にいるのは、ひときわつやつやとした毛並みを持つ若い烏です。
「そんなふうにやかましく人さまにつっかかるから、烏は不吉だとか言われるんだよ」
「あ、兄貴………す、すんませんでした!」
摩通と目が合うと、その烏はにんまりと笑いました。(そのように、摩通には見えたのです)
「おいらんとこの舎弟がめいわくかけたみたいだな」
「まったくだ」
不服をかくそうとしない摩通を、烏は面白がるように見つめました。
「愛宕のお弟子さんとお見受けするが」
烏の口(いや、くちばし?)から師匠の名前が出たのが意外でした。
「ああ。弟子の摩通という」
「やっぱりな!」
烏たちは顔を見合わせてかあかあと鳴きました。
「そろそろ愛宕のところのヒナが巣立つころだって、鳥の世界ではその話題でもちきりだったのさ。とくに、烏のあいだではね」
それを聞くと、弥助と呼ばれた烏は、仲間に野次をとばされて、しょんぼりしました。
「――そ、そうなのか?」
きょとんとした摩通を見やって、さっきから一番えらそうにしている烏が、強くはばたきました。
「そうさ。おまえ、狐なんだろ? 前代未聞だしさ、そんな天狗のごひいきになれりゃあ、おいらたちはあとあとまで安泰だもんな」
「安泰?」
「天狗に仕える烏は、その名を使ってえさ場をせしめることができるのさ」
なぜか得意げに胸を張って、烏は黒くて丸い目をきょろっと動かします。
「だからさ、おいらたち、どうにかおまえを主にしたいんだよ」
たのんでいるのかそうでないのかよくわからない口調でした。
「――主にしたいと言われてもな。おれだって、人間の相棒を見つけなくちゃならないんだ。それが先だ」
すると、烏はまた、にんまりしながらはばたきました。
「人間の相棒だって!」
「兄貴、そいつを見つけてやったら、おいらたちの力をわかってもらえるかもしれないですよ!」
烏は、弥助の左の翼のつけねをばしっとはたきました。
「よし、のった!」