摩通と師匠
天狗には二種類あります。先祖代々の天狗と、もともと人間だった天狗です。しかし摩通は、そのどちらでもありません。それは、摩通が狐だからです。正しく言うと、人間に化けた狐だからなのです。
摩通というのも、天狗としての名前です。もともとは、風太といいました。
狐にも二種類あります。化けられる狐と、化けられない狐です。風太は、化けられる狐でした。両親を亡くしてからは、巣のある竹林を出て、よく村におりていきました。子どもたちと遊ぶためです。けれど、化けられる狐にも、変えられないものはあります。それは目です。風太は金色のするどい目をしていました。子どもたちはみな、その目をおそろしいと言いました。風太はひとりぼっちでした。狐は小さな動物たちを食べるので、山に帰っても友だちはいません。風太は村でにわとりをとったり、動物の子どもたちをわざとおどろかせたりして、もっともっとひとりぼっちになっていきました。わけもなくきらわれるのはまっぴらごめんでした。悪いことをしたからきらわれるのだと、自分でわかっているほうが、よっぽど心がらくなのです。
それに、狐は、さびしくってもつらくても泣きません。そのかわりに、どんどん瞳の色がうすくなっていくのです。風太の瞳は、お月さまの輪っかのようになっていきました。
ある日、風太はとうとう村でとらえられて、大きな桜の木にしばりつけられてしまいました。けれども、狐は泣きません。ただわけもなく腹を立てながら、空ばかりをにらんでいました。
とつぜん、ばさばさという音とともに、黒いかげが舞いおりました。風太は、土ぼこりのために、思い切りせきこみました。
「ぼうず、狐だな」
野太いその声の主は、大きな天狗でした。一見、ふつうの人間です。ただ、背中に羽が生えているところだけが、ちがいます。手には、かえでの葉のような団扇を持っていて、山伏のかっこうをしていました。
「人間に悪さをしたのか」
大きな天狗は風太を見下ろして言いました。
「にわとりをおそった。人間の子どもに石を投げた」
むっとした風太は、投げやりにこたえました。
「村の人間は、おまえが狐だということを知っているのか?」
「知らない」
風太はそっぽを向きました。また、瞳の色がうすくなりました。
「どうして、狐の姿にもどらないんだ?こんな縄、狐の姿にもどったら、かんたんにぬけだせるだろう?」
大きな天狗は、空中でうでをくみ、あぐらをかいて言います。
「だって、そうしたら、おれが狐だって、みなにばれるだろう」
声をひそめて抗議した風太を見て、大きな天狗は笑いました。
「なんだ、おまえ本当は、仲間にはいりたいんじゃないか」
それが、師匠の愛宕山太郎坊こと蓬源通との出会いだったのです。
蓬源通は、愛宕山の一番高い木の上をねぐらにしていました。彼は、風太をそこにつれかえると、まず、水干という着物にきがえさせました。一人前になる前の天狗の子どもは、たいていそういうかっこうをしているということでした。空色の水干はよれよれで、ちょっぴりみすぼらしかったけれど、それは、蓬源通が子どものころに着ていたもののおさがりだからでした。「着ているものが、その天狗のねうちではない」と、彼は風太に言い聞かせました。
それから、蓬源通は風太に摩通という名前をつけました。そのほうが、天狗らしいからです。天狗には、だれが聞いてもそれが天狗だとわかるような、いげんのある名前が必要なのだと、彼は言いました。名前には、神通力が宿るのだそうです。それはとても大切なものなのだということも、蓬源通は何度もくりかえし言いました。
こうして、風太は摩通になったのです。
天狗の修行はきびしいものです。まず、眠るとき以外は、ずっと人間の姿でいなければなりませんでした。そうでなければ、団扇や羽などの天狗の道具を、ちゃんと使いこなすことができないからです。もとからの天狗ではない天狗たちには羽がないので、空を飛ぶには、羽が必需品でした。ひもに腕を通して、羽を背負って飛ぶのです。
それから、毎日、蓬源通の家の、そうじやせんたくをするのも仕事でした。木の上には、一見、家などかげもかたちも見えないけれど、呪文をとなえると、あらふしぎ。入り口がぽっかりとあらわれるのです。中に入ると、そこにはいろりが切ってあって、生活に必要なものがひとそろえあります。広くはないけれど、いごこちのよい家でした。
八年間、摩通は蓬源通にいろいろなことを教わりました。おぼえたのは、空を飛ぶことと、天狗道具の使い方一通りと、さまざまの呪文です。そうして今日、摩通はとうとう十五歳になりました。天狗の子は十五歳になったら、一人前になるための最後の修行にでかけます。人間の相棒を見つけて、絆を結ばなければならないのです。
「いいか、おまえは今では半人前とはいえ、天狗なんだぞ」
飛び立った摩通の背中に、蓬源通はそう言いました。
「もう、木にしばりつけられるんじゃないぞ」