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【第十一話】悪役令嬢は闇を弾く



ミネが十回繰り返した十八歳の建国記念の夜会は、いつも独りで入場していた。

プレ・デビュタントの子どもたち、デビュタントの成人令嬢たちを迎えると、夜会が始まる。

王族への挨拶が終わり、独りで壁の華になると、視界に煌びやかな集団が見えた。

男爵令嬢ラパンと、その攻略対象者たち。

第一王子リオン=シィツゥ、第二王子レオン=シィツゥ、ミネの兄シャノワール=マオ公爵令息、宰相の息子ブレロー=リィ侯爵令息、騎士団長の息子ルナール=フゥリィ侯爵令息、魔導師長の息子ムートン=ヤン侯爵令息。

彼らの視線がミネに集まった時、それは断罪が行われる合図。

リオンに婚約破棄の宣言をされ、強制的に過去へと引き戻されていた。


十一回目の今世は、初めて婚約者である王太子リオンにエスコートされて入場する。

婚約者という立ち位置ではあるが、リオンと共に壇上の王族席に並んだ。

レオンも隣に、婚約者のレオパール=バオ公爵令嬢を連れている。

微笑みを交わしたミネとパールは、これから義姉妹になるのだけれども、元々親戚関係であり友人でもあった。

その視線を移した先にいたのは、攻略対象の令息たちと、その婚約者たち。

今世でのミネの友人たちだ。

皆、にこやかにミネとリオンを見詰めている。


国王の開会挨拶と国王夫妻のファーストダンス。

その後、滞りなく貴族たちの王族への挨拶も終わった。

もちろん、トウツ男爵一家は参加していない。


リオンとミネ、レオンとパールが踊り、他の貴族たちも踊る。

一通りダンスを楽しんだ後は、軽食を楽しみながら他愛ない会話に花を咲かせた。

婚約者のシャティを連れたブレローと、メラノを連れたルナールは、未だ独り身のシャノワールとムートンに、“そろそろ身を固めては”などと少しお道化(どけ)て声を掛ける。

クール系美形のふたりは、気が合うのか幼い頃から一緒にいることが多かった。


「その内ね」


なんて誤魔化しているけれど、周囲からも急かされているから、ふたりとも少々うんざりしている。


そんな穏やかな時間が流れている会場に、新たな入場者を告げる声が響いた。


「ディアーブル=オモ公爵並びにラパン=トウツ男爵令嬢のご入場です」


その名前を聞いた瞬間に、その場にいた全員が入場扉に視線を向けた。

そこにいたのは、紛れもなくラパン本人。

彼女の迷惑行為を受けた全員が、貴族としての感情を隠した微笑み(ポーカーフェイス)を崩して、拒否感を滲ませた表情を浮かべる。


ラパンを連れたディアーブルは、隣国の民族衣装を端正に着こなしていた。

鮮やかな紺青(こんじょう)の絹の上着は丈が長く、立襟で左に打ち合わせがある。

留め具などの金具は一切使われておらず、黄金の柔らかい布にしわを寄せた飾り帯は、胴締(ベルト)の用途で巻かれている模様。

上着と同色の手袋をきっちりと嵌めていて、膝丈で先のそりかえった、特徴的なブーツを履いている。


ディアーブルが留学してきた時、既にラパンは領地謹慎処分となっていたから、彼はラパン絡みの騒動を知らない。


その彼の腕にぶら下がるように、ラパンは堂々と会場に足を踏み入れた。

事前に言い含めていた衛兵たちも、隣国の元王子――オモ公爵の同伴ということで、強く拒絶はできなかったらしい。

王族の髪色をイメージさせる向日葵(ひまわり)色のドレスは、レースとフリルをふんだんに使い、この大広間の中の誰よりも――ふたりの王子の婚約者たちどころか王妃よりも目立つ意匠だ。


「王太子殿下、第二王子殿下。本日はお招きありがとうございます」


穏やかな笑みを湛えたディアーブルは、全く悪気なく挨拶をするが、周囲の空気を読んで小首を傾げる。


「場違いでしたかな?」


「いや。オモ公爵の参会は歓迎する。しかし同伴者には退場を願う」


リオンの言葉に、ラパンが反論しようとする。

すかさずディアーブルが、ラパンの肩を後ろから抱き寄せるような仕草で、そのまま左掌を彼女の口元に回し、その口を塞いだ。

右手はしっかりと、彼女の右腕を掴んでいる。


「理由を伺っても?」


「その令嬢は仕上げ学校で問題を起こし、領地での謹慎処分中だ。その理由が我々王族や高位貴族への迷惑行為である故、王宮への立ち入りも禁止している」


その言葉にくすりと笑ったディアーブルは、もごもごと抵抗しようとするラパンを一瞥して冷たく囁いた。


「成程。彼女の周囲の空気がおかしかったのは、彼女自身に問題があったからか。その装いを選んだ時点で、面白い娘だとは思っていたが」


くつくつと笑みを零すディアーブルの話によると。

お忍びで出掛けた王都の市井で、挙動不審な女を見つけた。

貴族の令嬢のようないでたちにも拘らず、その動作に洗練された様子はない。

興味をそそられ声を掛けてみると、“自分は仕上げ学校で高位貴族令嬢に虐められている”という。

建国記念の夜会に行くにはドレスが必要だが、下位貴族の自分は新調することはできず、学校に貸し出しを願い出ようにも、嫌がらせで借りられないようにされている。

どうにかドレスを手に入れたいから、助けて欲しい――と。

なんだか面白そうだと思い、ドレスを買ってやることにしたのだが、選んだドレスがそれだった。


王族の髪色をイメージさせる、誰よりも華やかなドレス。


あくまで宣伝のための展示用で、このドレスを欲しがる者など国内にはいない。

王族に対して恐れ多いから。

ましてやそれを着用して、王宮の夜会に参加するなど。

女の試着中に会話をした店の女主人は、不敬に問われないかとディアーブルに(ただ)したが、気にせず購入した。


“せっかくだからエスコートして欲しい”と言う女。

仕上げ学校に通っているなら、ディアーブルの地位は知っているはず。

しかも彼はこの女のことを見たことがない。

危険性よりも好奇心の方が勝ったディアーブルは、その要求を飲んで同行を許した。


「いやぁ、すまなかったね。私は幾つになっても好奇心が旺盛だから」


そう言ってラパンの拘束を解いたディアーブルは、その両肩を掴んで、しっかりと彼女の瞳を見据えた。


「さぁ、お嬢さん。悪戯(おいた)はここまでだ」


その手を振り払い、ラパンは叫ぶ。


「ふざけないで!!!」


ラパンの大声に驚き、会場内に流れていた舞踏音楽の演奏が止まる。

とっさにミネを庇うように前に出たリオンに向かい、ラパンは胸の真ん中につけた紫水晶(アメシスト)――を模した尖晶石(スピネル)のブローチを向けた。



出直し(リセット)よ」



尖晶石から放たれた紫黒(しこく)の靄が、ミネを包み込む。


「離れてっ!」


それが闇魔法だと気付いたムートンが叫び、靄の外側にいる者たちを防御魔法で包んだ。

事前に防御魔法を施していたミネとリオンは、辛うじてその靄を弾いている。しかし徐々に身に迫る靄に、ミネは恐怖を感じて声を上げた。


「助けて…ツウ様、お願い!もうループはしたくない!!!」


その瞬間、紫水晶色の光が、ミネの胸元の首飾りから放たれた。

ムートンの防御魔法によって弱められていた闇魔法は、絶対的な力の“精霊の光”によって、跡形もなく消え去る。

リオンに抱き締められているミネは、茫然とその光景に魅入っていた。


「な…なによ!!どういうことなの、ツウ?!どうしてこの女を護るのよ?!」


喚くラパンを、魔導局の職員たちが押さえつけた。

ディアーブルは、やれやれ、という様相でリオンに向き合う。


「王太子殿下。申し訳ない」


彼の言葉に、リオンはすぐさま拙いことになったと頭を悩ませた。

“隣国の元王族”が連れてきた自国の者が、“王族を害そうとした”のだ。

このままでは国際問題になり兼ねない。


もちろん、不用意にラパンの随行を許し、このような騒ぎを起こしたのは、ディアーブルの失態だ。

だからといって、ラパン絡みの事情を知らない彼は確信犯。

自国の民のしでかしたことで、隣国の貴族を責めることはできない。


「この場合、彼女はどういった罰を受けるのであろうか」


「王族の命を狙ったのであれば、極刑は免れぬが。殺意の有無は立証が難しいし、闇魔法の使用という意味では、魔導局の方で幽閉をすることになるか…」


リオンは言葉を濁す。

本来ならば、斬首か絞首、毒杯辺りでこの世から消したいところだ。

しかし、本来の被害者であるミネに、これ以上の心労を与えたくはない。


「此度は私にも責任がある。国外追放という罰なら、私が責任をもってその身を引き受けよう」


「え?」


「私の邸宅には、魔封じの塔があるのだ」


ディアーブルの言葉を聞き、紫水晶から姿を現したツウは、にんまりと哂った。


『その男の提案に、乗れば良い』



次話が最終話となります。


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