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【第十話】悪役令嬢は夜会が怖い



男爵令嬢ラパンが学校から姿を消して四ヶ月。


仕上げ学校二年目のミネは、建国記念日に十七歳となる。

数ヶ月前に十六歳となった第二王子レオンと共に、無事にデビュタントを果たした。

建国記念日の前日までに十六歳になった者がデビューできるため、婚約者の第一王子リオンは、同期生でありながら昨年デビューしている。

ちなみにラパンもその時(一年前)にデビューしたのだが、がっちりと指導担当者たちに囲まれて、おかしな言動にはその都度注意が与えられていたらしい。


プレ・デビュタントの幼い子たちの入場を見送り、ミネはリオンのエスコートで最後に入場した。

隣に立つ、正装をしたリオンに見惚れるミネは、デビュタントの規則である純白の衣装に包まれている。


細かいレースを編み込んだチュールが、輝く(シルク)のスカートを包んで柔らかく拡がった。

散りばめられた小さな金剛石(ダイヤモンド)が、更に煌めきを増幅させている。

純白のボールガウンは床まで届くフルレングスで、デビュタントの女性のみが身に纏うことを許されたもの。

肩を出す仕様は、大人の女性に仲間入りしたことの象徴。

胸から腰のくびれまでは、ぴったりと躰に沿うラインで、成人を迎えたミネの豊かに育った胸を、しっかりと支えていた。

手には季節の花飾りを持ち、小さい冠(ディアデム)を乗せた黒髪は、ふんわりと編み纏められている。

紫水晶のロケットは、首元のチョーカーに潜ませて。

肘上まである長い手袋は、スカートと同じ光沢のある純白の絹で、そっと掬い取られた指先はリオンの熱情を仄かに感じ取っていた。


“まるで結婚式のよう”だと誰もが思うほど、ミネとリオンは絵になっている。


王太子の正装をしたリオンもまた、ミネに見惚れていた。

今日は、リオンの立太子式典も同時に行われる。

過去百年の間に、リオンが王太子となることは叶わなかった。

とてもそんな器ではなかったからだ。

何とも言えない幸福感に包まれながら、ミネは会場にいる全ての人々より、心からの祝辞を受けた。



そこから更に九か月。

平穏に過ぎていた仕上げ学校は、三年目に突入する。


三年目の新学期より、ミネたちの学年に、隣国からの留学生としてディアーブル=オモ公爵が編入してきた。

隣の(グイグワイ)国の第四王子。

グイグワイ国では王太子に嫡男が産まれたので、ディアーブルは王位継承権を返上して、公爵位を賜ったのだという。

これまでの百年には登場しなかった人物だ。


三年間、ほぼメンバーの変わらなかったこの学年で、ミネたちのクラスに入ったディアーブルは、(みな)と満遍なく接していた。

元は王族ということで、リオンとレオンが相手をすることが多いものの、基本的には独りでいることが好きなようだ。

婚約者を見繕うことも、留学の目的のひとつらしい。


ツウに改めて確認はしていないが、以前聞いた攻略対象者は六人だったから、きっと彼はそういうものではないのだろう。

ラパンがいなくなってすっかり忘れていたが、もうすぐミネにとっての運命の分岐点、十八歳の誕生日と同日の建国記念日。

十回リオンから婚約破棄をされ、十回十年前にループさせられている。


次第にミネは不安感が増してきた。

何らかの力が働いて、突然リオンに冷たく突き放されるのではないか。

レオンやシャノワール、ブレロー、ルナール、ムートンに、激しい嫌悪の感情を向けられるのではないか。

ラパンが、戻って来るのではないか。


『心配することはない。今世のあやつに、皆を操る力はない』


とツウは言うけれど、建国記念日が近付くにつれ、ミネの心は沈んで行った。



建国記念の夜会の前日。

ミネはその夜会用のドレスを思い浮かべていた。

現物は王宮に保管されている。


リオンから送られた、彼の瞳と同じ瑠璃紺のドレス。

これまでは淡い色合いのものが多かった。

しかし今回は、はっきりとした濃い色のドレス。

過去十回の断罪の席で、ミネは濃い()色のドレスを纏っていた。

リオンが自らを象徴する瑠璃紺をミネが身に着けることを拒み、反対色を指定したからだ。


今世、デビュー前はフリルやリボンを多くあしらった、柔らかい印象のものが好まれていた。

デビューしてからは、すっきりかっちりとしたデザインが多い。

その代わり、細かい柄のレースや刺繍を多く取り入れるようになり、今回は、ミネの瞳の色――黄金の糸で胸元、袖口、裾部分に豪華な刺繍を入れてあった。

デコルテから肩にかけて大きく開いた襟元は、ミネの胸の膨らみと肌の白さを美しく魅せている。


今まで隠していた紫水晶のロケットを、敢えて見せるデザインだ。

白金(プラチナ)の鎖を外し、黄金(ゴールド)の首飾りに紫の尖晶石(スピネル)を散らし、その中央にロケットを忍ばせている絢爛な逸品。

ミネの不安を解消するために、何かあっても紫水晶が護ってくれると思い込むように。


『吾を手に入れないまま物語が進んだ場合、出直し(リセット)すらできない。だが、強制的に出直しする方法がひとつだけある。あやつがその方法を知っているかは定かではないが、万が一にも黒魔術を手に入れて、吾を破壊しようとしたらそなたが危険だ。くれぐれも注意してくれ』


念のため、魔導師長令息ムートン=ヤンに、防御魔法をかけて貰うよう依頼した。

ある程度の闇魔法なら、それで防げるだろう。


「ツウ様。ラパンは今、何をしているのでしょう」


『見てみるか』


ツウがぱちんと指を鳴らすと、脳裏にラパンの姿が見えた。

これは。

王都の大通り。


「え?!」


領地で謹慎中のラパンが、王都にいる。


「どうして…」


ミネの不安を余所に、ツウは面白そうに口端を上げた。


『このまま自粛を強要しても、あやつは懲りないよ。いっそ、皆の前でこっぴどく断罪した方が良い』


「そんな…」


『恐らくあやつはどんな手を使ってでも、夜会に忍び込むだろう。事前に王城に使いを遣って、警備を強化して確実に排除しても良いけど、それじゃいつまでたっても追いかけっこだからな』


吾も狙われ続けるのはしんどいし――と言うツウは、何か思いついたことがあるようだ。

ミネは不安を抱えたまま、十八歳の誕生日を迎えた。



当日朝。

登城したミネは、王宮で夜会の準備を行う。

湯浴みをして髪の先から爪先まで磨き抜かれ、香油を使ったマッサージで解された。

ドレスを着付けて髪を結い、王太子妃然とした化粧を施す。

丁度全ての準備が終わる頃に、リオンがミネの支度部屋に訪れた。


「ミィ!ああ、今日も神がかった美しさだね」


ドレスを着崩さない程度に、緩くミネを抱き締めたリオンは、化粧を崩さないように、肌に触れない近さでミネの頬に口付ける。

その気遣いと愛情表現に幸福を感じつつ、ミネはやはり胸騒ぎに震えていた。


「ミィ?」


「あの…」


ミネは、漠然とした不安を口にした。

王都内でラパンを見かけた者がいること。

彼女がミネを良く思っていないこと。

リオンに執着していること。

今日の夜会に来るかもしれないこと。


「ふむ。では警備を強化することにしよう」


「いえ、それは。わたくしの思い過ごしかもしれません。ですから、警備はこのままに、ムートン卿に防御魔法をかけて頂くことは、できますでしょうか」


そうだな――と少し思案したリオンは、ムートンを呼び出してミネに最強防御魔法をかけさせた。

物理攻撃は全く通用しないし、ムートン以上の魔力がなければ破ることはできない。

破ることのできる強力な攻撃魔法であっても、その威力を抑えることはできる。

ミネの希望によりリオンにも同じ処置を施し、ミネとリオンは揃って会場に向かうことにした。


最後の決戦の場に。



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