【第一話】悪役令嬢はループする
遅れ馳せながら、乙女ゲーム・悪役令嬢・婚約破棄・タイムリープを書いてみたくなりました。
“虐げてきた元婚約者へのざまぁ”や“助けてくれた別の男性との新たな恋”という展開を、悪役令嬢にとってのハッピーエンドだとは思えなかったので。
王妃教育が無駄になるとか、好きな人を奪われたままだとか、哀しすぎます。
だから、初恋の人――婚約破棄した元婚約者と悪役令嬢の、ハッピーエンドが見たいのです。
よくある話だとは思うので、あっさり気味に。
楽しんで頂けると嬉しいです。
※一段下げや改行、空白行の使用など、作文の原則からは敢えて外してあります。
※文中の感嘆符や疑問符の後のスペースは使用しません。
※“ら抜き言葉”は意識的に使用することがあります。
――また、だ。
シィツゥ王国。
筆頭公爵家の令嬢ミネ=マオは、ゆっくりと目を開けた。
先程までいたのは、十年後の世界の王宮大広間。
絵画や彫刻などの装飾が施された高い天井。
歩行を妨げない程度に艶のある、大理石を敷き詰めた床面。
光を複雑に散乱させるよう切断された、宝石が目映いシャンデリア。
十年経ってもほぼ変わらない。
丁寧に管理されたそれらは、経年劣化も僅かなものだった。
今、少しだけ記憶より新しい風景を前にして、八歳の少女ミネは眩しそうに目を細める。
――また、ここに戻ってきたのね。
ミネの八歳の誕生日。
奇しくも丁度同じ日が建国記念日で、社交シーズンの開始を告げる大規模な夜会がある。
そのため、ミネは毎年、自分の誕生祝いよりもこの建国祝いの夜会を、優先させられてきた。
やむを得ないことだろう。
後日、きちんと祝いはして貰えるものの、どこか“そうじゃない”感が否めない。
ミネはいつも、冷めた気持ちで微笑みを返すのだ。
そしてこの日はまた、ミネが第一王子リオン=シィツゥの婚約者に決められた日であり、その十年後に婚約破棄を告げられる日でもあった。
公爵令嬢ミネ=マオは、時代をループしている。
十八歳の誕生日に、この大広間で第一王子から婚約を破棄された衝撃で気を失う。
その直後、八歳の誕生日に王宮を訪れた時――この大広間に足を踏み入れあまりの目映さに一瞬目を閉じたその瞬間に、戻されてしまうのだ。
もう、十度の人生を過ごした。
ミネは、十年間を十度繰り返したのだ。
――今回も酷かったわ…。
一度目の人生は、リオンが寵愛する男爵令嬢を普通に虐めて、「国母には相応しくない!」と婚約破棄された。
二度目は、リオンが男爵令嬢を寵愛し始めた時から、虐めたりせずに双方の言動を諫めただけだったが以下同文。
三度目は、リオンと男爵令嬢が出逢わないように画策したけれど、いつの間にか出逢っていて以下同文。
四度目は、リオンの婚約者にならないように画策したけれど、回避できずに以下同文。
五度目は、リオンを好きになるから辛いのであって、好きにならないように頑張ってみたけれど結局堕ちて以下同文。
六度目は、あえて何もしないでいてみたけれど以下同文。
七度目は、お妃教育を少しだけ手抜きしてみたけれど、「怠惰だ!」と詰られて以下同文。
八度目は、いっそ逃げ出してみてはどうかと隣国を目指したけれど、連れ戻されて以下同文。
九度目は、他の人に恋をしてみたけれど、普通に不貞扱いで――特にこれまでになく懲罰を与えられて以下同文。
十度目は、リオンと男爵令嬢の仲を取り持ち応援したけれど、彼女の性格が過去最悪で、酷い冤罪を被せられて以下同文。
「公爵令嬢ミネ=マオ!そなたは国母に相応しくない!婚約破棄を言い渡す!」
毎回、この台詞で世界は暗転した。
八歳のミネは会場を見渡す。
腰まである真っ直ぐな黒髪をツインのハーフアップにし、卯の花色のレースのリボンで結わえたミネは、左側頭部に藤の生花の髪飾りを着けていた。
纏っているドレスは同じ卯の花色で、胸の位置に月白色の帯が巻かれ背中で蝶結びにされており、そこからAラインに拡がる裾には紫水晶の糸で細かい刺繍が施されている。
淡藤色の靴は踵の低い光沢のあるもので、アウトソールとアッパーの境目には頭のリボンと同じ卯の花色のレースがあしらわれ、アンクルベルトには髪飾りと同じ藤花が揺れていた。
何もかも、十年前のあの時と同じ。
正面の一段高い場所に王座と王族の座る座席が設置され、大広間には着飾った貴族たちがさざめく。
この夜会はプレ・デビュタントを兼ねており、十六歳のデビュタントを前に社交界の空気に触れることを目的としていた。
同時に行われる、女性の社交界デビューを目的としたデビュタントに倣い、こちらは建国記念日の前日までに七歳を迎えた少年少女が参加するしきたりとなっている。
一年前のこの日に七歳となったミネは一日違いで参加ができなかった。
だから、今回が初めての登城だ。
十回もループして今回で十一度目だから、厳密には初めてではないのだが。
通常の夜会は十五歳以上しか参加できない。
建国記念日の夜会だけは七歳以上が参加できるため、いつもより騒がしいのは例年通り。
壇上に現れた王族は、会場の貴族たちに穏やかな視線を向けていた。
中央に国王、その左隣に王妃、その後段に少し斜めに第一王子、第二王子と続く。
国王陛下の挨拶の後は、国王夫妻のファーストダンス。
その後は立食に移る人もいればダンスを楽しむ人もいる、いわゆる自由時間。
貴族間の交流時間で、久し振りに会った友人と語らったり、早くもお見合いが始まったり。
その時間を利用して、爵位の高い順に、王家への挨拶に向かう。
当然、筆頭公爵家のマオ家が先頭。
全員が言葉を交わせるわけではなく、伯爵家以下は家名を名乗り礼をして御前を辞すのがしきたりだ。
マオ公爵、公爵夫人、嫡男のシャノワール、ミネの順に壇上に進む。
神々しく輝く向日葵色の髪に宝石のような瑠璃紺の瞳の王家に対し、対照的な印象の色彩を持つマオ家。
四人とも同じ、艶やかな漆黒の髪に透き通るような黄金の瞳は、神秘的かつ崇高ささえ漂う。
元々は王家の血脈であるマオ家の風貌は、美形と評判の王家の顔立ちとどことなく似ていた。
一年先にプレ・デビューを果たした第一王子リオンと、今年プレ・デビューの第二王子レオンは、産まれ月の関係で、ほぼ一年違いでありながら同学年となる。
そして、ミネとも。
過去十回のループの中で、決して穏やかではないものの、その殆どを一緒に過ごしたふたりを、ミネは懐かしいような気持ちで見詰めた。
――最初は、完全に一目惚れだった。
そしてまた、今回もときめかずにはいられない。
あれだけ酷い目に遭ったのに、どうしても、リオンに目を奪われてしまう。
九度目の時に、リオンではなく敢えて第二王子に本心を偽って想いを寄せてみた。
あの時は、レオンも気持ちを傾けてくれていたように思う。
そのままハッピーエンドに向かうかと思ったものの、結果は散々だった。
不貞を詰られ親にも兄にも鞭打ちの折檻をされ、躰中ボロボロの状態でパーティーに連れて行かれる。
会場でも両陛下に不義を暴かれて、全員に醜態を晒された。
当事者であるはずのレオンはこちらを見ることも助けることもせず、婚約者リオンは嬉々としてミネに婚約破棄を言い渡したのだ。
――だから今回はもう…。
「国王陛下、ならびに王妃陛下、第一王子殿下、第二王子殿下にご挨拶申し上げます。マオ公爵家長女、ミネでございます。建国記念のお祝いを申し上げます」
どうでもいい――と思いつつ行う模範のような最敬礼に、王族も目を見張る。
「ふむ。ミネ嬢は確かリオンと同級だったと記憶しているが?」
「ご記憶頂きまして、ありがとうございます。本日八の歳を数え、プレ・デビューさせていただきました」
「なるほど、だから去年は不在であったのだな」
この会話も十一度目。
過去、初めから三度目までの遣り取りでは、リオンが気になってちらちら視線を送っては顔を赤らめ、それが決め手のひとつとなって婚約者に指名された。
四度目からは視線を彷徨わせないよう、心情の読めない微笑を湛えた状態で国王だけを見詰める。
自分を売り込んだり、余計な話をしたりはしない。
百年に渡る王妃教育の賜物だ。
結局どんなことをしても婚約者になることは免れないのならば、印象を良くしておくに越したことはない。
後ろが閊えているから――と、父親であるマオ公爵は事前にミネが進言した通りそつなく御前を辞す。
これも四度目から試してみたことだ。
いつまでも王族と懇意に話していても、なにひとつ良いことなどない。
そもそもマオ公爵家の地位は盤石なのだから、ご機嫌伺いなどは必要ないのだ。
未だに、文体や描写の鍛錬中です。
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