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笑顔

作者: 幸子

 「おーいお前ら、人間の感情は色々なグループに分けて最終的な数は2000を超えるからな〜。」

脱線した生物の授業中に先生が言ってたことをふと思い出した。もう4年も前のことなのに。

「意外と多いよなあ。ふふっ、今はワクワクしてるなあ。…ワクワクって感情に入るよね?」

そう言って見下ろした視線の先には感情など無かった。


 ピピピピピピ

休みだというのに携帯のアラームが8時を知らせる。外には雪が降っている。暖房で暖かい部屋の中で二度寝しようとした時、母の声が聞こえる。

「まお〜!9時前には出るからね!」

ああ、そうだ今日は母と不動産屋に行くんだった。昨日の自分を後悔する。なぜこんなに早く行こうと計画したのか。悔やんでも仕方ないと言い聞かせ体を起こし下に降りる。

珍しく両親の部屋の戸が閉まっている。いつもなら8時になる前に母も父も起きているのに。

「おはよ、」

「お姉!水筒借りた!行ってきます!」

「おはよう、まお。まみが部活寝坊したらしいから車で送ってくる。すぐ帰るから!」

母と妹のまみが階段をドタドタ降りていく。朝から騒がしい。

(たかが中学の部活ぐらい遅れてもどうってことないよ〜。高校なんて遅れたら5キロランニングだったからなあ。)

と大学生になり部活もスポーツも何もしてない私は過去の大変だった自慢を心に浮かべながら朝ごはんに手をつけた。


 「行ってきます。」

父はまだ寝ているようだ。と言ってもまだ9時にもなっていない。私ならまだまだ寝てると思い玄関の鍵を閉め母と車に乗り込む。

朝のニュースが流れる車内で出発してまもなく、母が口を開いた。

「まお。これを聞いたからって態度を変えたらダメだからね。この前ぱぱのカバンを洗濯してあげようと思って開けてみたら、消費者金融のカードが出てきたの。『これ何?』って聞いてみたら『昔の女と暮らしてた時にちょっと借金した』って言われてね。『いくら?』って聞いたら、まあ金額を教えてくれてね。『それぐらいの額なら次のボーナスを使ってもう返してしまおう。』って提案したら『いや、実はそんな額じゃない。』って言われたの。『なんで嘘つくの?』って聞いたら『迷惑かけたく無かったから。』って。そこからはどんな解決策を提案しても『迷惑かけたくないから1人でなんとかする。』しか言わないの。それで今、喧嘩中なの。だから気まずくて朝起きてこなかったんだと思うわ。結婚する時に『借金はないね?』って聞いて『ない。』って。それを信じてもう20年。その嘘だけじゃなくて金額の嘘までつかれてほんとにバカみたい。」

最近妙によそよそしかったのはこれのせいか、とは思ったがかける言葉も見当たらず黙っていた。

その後特に会話はせずに不動産屋についた。

不動産屋を訪れた目的は大学卒業後の部屋探しだ。春から大学4年になり就職活動で忙しくなる前に部屋だけでも決めておこうという母の意見に賛成した。

初めて訪れた不動産屋だったが、担当してくれたのは眩しい笑顔の話し上手なお兄さんだった。もらった名刺には

[笑顔がチャームポイント!持ち前の明るさでお客様にいいお部屋をご紹介します!林 秀平]

なるほど。自分の特性をよくわかってらっしゃる。きっと学生時代はムードメーカだったんだろうな。それともこの職種についてキャラを作ったのか。

この日はそんなことを考えるばかりでずっと上の空だった。さっきの母の話も相まって余計に集中できなかった。


 初回ということで今後の方針と少しの部屋理想を伝えて12時前には不動産屋を出た。

帰りにファストフード店でハンバーガーを家族分購入し帰宅した。

「ただいま〜。」「ただいま!」

「おかえり!」「…おかえり。」

部活終わりでお腹を減らして待っていた妹は元気よく出迎え、母の手からハンバーガーが入った袋を奪うように取った。

一方で父は、ばつが悪そうにソファーに座っていた。さっきの話のせいでそう見えるだけかもしれないが、今までで一番気まずそうな表情を浮かべているように見えた。

「今日の部活で顧問がさあ、一年はいっぱい走ってるからって二年だけ走らされてさあ〜」

と怒りまじりの愚痴を言う妹の話を

「大変だったわねえ。」

ときちんと聞く母。

盛り上がる右テーブルとは打って変わり私と父が座る左テーブルは静かだ。

間に時空をも遮断する壁があるように時間の流れや温度感の違いを感じた。

耐えきれず、ハンバーガーを少し残し自室へと入った。


 大学3年、春から4年になる私だが家族が大好きだった。週末になれば必ず一緒に出かけ、夏休みにはキャンプに、冬休みにはスキーに行く。他愛もない家族だったがとても大好きな家族だった。

それなのに、ここにきて離婚の危機?いや、考えすぎか。母が怒っているのは借金があったことにではなく黙っていたことに、嘘をついたことにだろう。父はそれには気づけないのだろうな。

ぐるぐる考えているうちにいつの間にか眠ってしまっていた。


 起きた頃には外はすでに暗かった。起きてリビングに行くと母と妹がいた。

「ぱぱはどっか行った。」

聞いてもいないのに、おはようよりも先に、母はそう言った。

「どれくらいで帰ってくる?」

もしかしたら帰ってこないんじゃないかと不安になり聞いてみた。

「さあ。」

どうしようもない不安感に泣きそうになった。だがきっと妹はこの話を知らないと思い堪えた。

15分ほどして父は帰ってきた。どうやら車屋に行ってたみたいだ。

心配させんなよ。と心の中で勝手に怒った。

出迎えた妹は父が買ってきたのものが車のものだと分かった瞬間に興味を失い携帯に目を落とした。


 それから数週間後の土曜日のこと。

今日は1日練習試合と妹は部活へ行った。

母と父と私だけの日のこと。

お昼ご飯は雑炊だった。食べながら母がポツッと言った。

「女とは終わってるの。」

思わず雑炊を吹き出しそうになった。

完全に父向けの質問だが父は自分に聞かれているのではないと言わんばかりに雑炊を食べている。

「ぱぱに聞いてるんだけど。借金はもういいけど、女はもう終わってるの?」

「関係ない。なんとかするから。」

「終わってるなら終わってるって言ってよ!おかしくない?関係あるでしょ!」

母はもう泣いている。そういえば最近母の顔をよくみてなかった。少し細くなったというか痩けている。

「まおの前やからまた話そ。」

父が雑炊を急いで平げ部屋を出る。

泣いてる母を見て私まで泣きそうになったが、母に余計な心配はさせたく無い。そう思い少し我慢し雑炊を食べきった後自室に戻り静かに泣いた。

もう終わりだ。仲良し家族はもういない。離婚したら母について行こうか。離婚したら周りの友達には言った方がいいのか。……

私の脳内に仲直りの五文字は無かった。


 その夜、夕食の机に父の姿はなかった。

「ぱぱは?」

何も知らない妹だけが脳天気な質問をした。

「さあ。」

母は笑っているが目元は赤く今の一言が限界だったのだろう。そこから話すことはなかった。

こんなに味のしない、味を感じられないご飯を食べたのは初めてだった。


 寝る時間になり母は予備の布団を持って私の部屋に来た。

どうやら父は部屋にいるようだ。それだけでも大きく安心した。

「おやすみ。」

母はそれ以外何も話さなかった。

「おやすみ。」

私も余計な詮索はせず電気を消した。

暗い部屋の中で母はバレないように泣いていた。

もう限界だ。明日、私が首を突っ込んででも問題に終止符を打とう。

そう考え眠りにつこうとした。

母の泣き声はいつの間にか寝息になっていた。


 次の日、起きたら13時を回っていた。昨日寝付けたのは空が明るくなってからだった。重たい体を起こしリビングに向かう。

リビングの戸の前に立つと中から母と父の声が聞こえた。

喧嘩中か。と思い自室に帰ろうとして足を止めた。

私が終止符を打つと決めたじゃないか。今がそのタイミングだ。と思い覚悟を決め戸を開いた。

「まお!これ見て!」

予想しなかった第一声に戸惑いながら母に腕を引っ張られソファーに座る。

どうやら2人でテレビを見て何か言ってたらしい。

そのテレビには

ー林 秀平(32)死亡。犯人は凶器を持ったまま逃走中ー

とあった。

なんだ言っちゃ悪いが顔も名前も知らない人が死んだのか。

と思ったが切り替わった画面を見て母と父が騒いでた理由がわかった。

そこには、ニコニコの笑顔で笑うあの不動産屋の写真があった。

ー鋭利なもので刺され部屋の中で死亡しているところを同僚の男性が発見。ー

死んだ?のか。そうか。意外と身近なところで人が殺されたなあ。

とまだ起きたてで頭が働かない中、ふわっと考えていると、

「この人、この前から担当してくれてる不動産の人なの。怖いわねえ。意外と身近な人だし、犯人もまだ逃走中だし気をつけないとダメね。」

「そうだなあ 。不動産屋も変えるか?」

「そういえばこの前相談中に…」

あれ、母と父が会話してる。泣くことも怒ることもなく同じ話題で話している。

「お腹すいた。」

ふと思ったことを口にしてしまった。

せっかくの話題がと焦った。が、そこには

「今日は焼きそばにしようか。」と言う母に対して

「外で食べようか」と返す父がいた。

日常だ。仲直りしたんだ。泣いてしまいそうになった。心からの安堵と喜びで。

「手伝うよ〜」

久しぶりに心の底から笑った気がした。

その日は夜まで今まで話してなかったことをたくさん話しいつも通りの休日を過ごした。

もう仲直りしたんだと安心した。


 だがその安心は一日限定だった。

次の日にはまるで昨日などなかったかのように空気が重かった。

帰ってきた父に母はおかえりの一言もかけなかった。

またか。もう嫌だ。どうすれば昨日に戻るんだ。いっそ私がいなくなれば心配して喧嘩どころじゃなくなるか。昨日みたいに。

そうか。

気を引けばいいんだ。

喧嘩なんかどうでもよく思えるぐらいに。


コンビニで働く友人に協力してもらい、万引きしてしまった私の両親を呼ぶという設定を作った。事情を話すと店長さんも協力してくれた。事実はまたいつか話そうと思いすぐさま実行した。万引き犯のフリをすることで一刻も早く母と父の気を引きたかった。

「すみませんでした。」「すみませんでした!」

本当はしてない万引きの謝罪に母も父も全力で頭を下げてくれた。家に帰るとこっぴどく叱られた。

しかし私の計画は成功だった。

しばらくして夕食の準備の時には母と父が並んで台所に立ち

「そんな子に育ててしまったのか…。」

「就職に響かないといいけど…。」

と話していた。

その後の夕食時も普通なら居心地悪く思うのだろうが、母と父が喧嘩していないということに心は安堵し軽かった。


その効果はかなり良く次の日になっても母と父は私のことを心配していた。


だが長くは続かなかった。

1週間もすれば母と父は口を聞かなくなっていた。


特別なことは何も望んでいないのに。仲のいい母と父の姿を望んでいるだけなのに。欲を言えば笑顔が見たいと思ってるだけなのに。

万引きのフリもダメ。

誰か林さんみたいに殺されれば万引きより長く効果は持つかな?さすがに無理かなあ。今回ばかりはフリじゃ効かないし。


そういえばあの犯人まだ逃走中だよね。

犯人の持ってた包丁は確か

ー刃渡り15cmの果物ナイフで殺害され…ー



ー松尾 俊(42)中学教師が死亡。連続殺人か?ー


「おはよー!」

「おはよう!」「おはよう。」

「お姉!水筒借りたー!」

「帰りちゃんと電話しろよ!危ないんだからな!」

「はーい!!行ってきまーす!」

「それにしても犯人まだ捕まらないの怖いわねえ。よりによってまおとまみの元担任だなんて…」

「しばらくは俺が送り迎えするよ。」

「ありがとう、助かるわ。」

笑顔で言う母。

「お腹空いた〜」

「今日はぱぱがホットサンドを作ったぞ!」

笑顔で自慢する父。

私の理想の家族だ。


ああ今回は長く続いた方だ。1ヶ月も送り迎えを続けてくれたんだから。それなのに何を引き金にしてまた喧嘩してるの。今度はどうすればいいの。身内が死ぬ?自分が死ぬ?だめだめ。だってそうしたら笑顔な見れないから。


ああ、そうか、私以外にもいるか。


「今度は笑顔っていうかまずは泣き顔見ちゃうかもうなあ。それでも数ヵ月は喧嘩しないんでしょ〜!あ〜もう最高っ!」


ー鹿野 まみ(14)死亡。またもや同じ手口ー


まみが死んで半年以上経った。相変わらず両親は悲しみの中にいる。

そんな顔が見たかった訳じゃないのになあ。

笑顔が見たい。笑顔が見たい。笑顔が見たい。笑顔が見たい。笑顔が見たい。笑顔が見たい。


ああ、そうだ。あの写真は笑った顔だ。


ー鹿野 洋介(50)・由紀子(49)夫妻死亡。容疑者はー


ほら!見て!あの写真!最高の笑顔だ!










架空の人物、設定です。

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