アルマジロみたいに縮んだおちんちん
湯船やカランはなかったが、銭湯だった。
湯船やカランはないから濡らす心配はなかったが、銭湯の中だからと、わたしも周りも皆んな裸だった。その中に親子連れいた。男の子の方は小学校低学年だろうか、普段ならカランの場所取りがてら持ち込みの石鹼やシャンプーを置いとく棚に、読みかけの漫画雑誌が置かれてる。
何度も読み返したのだろう、どのページにもその子の指のあとが付いている。
小さな男の子向けの月刊誌だから、一か月その本と付き合っているのだ。なんだか毎月その月刊誌が発売の日がハレの日だった昭和四十年代のわたしを見ているようで、その親子がそこから離れた隙をうかがい、ページを手繰ってみた。
紙面を覗くよりもその男の子の指のあとを手繰りたかった。
お湯のない銭湯なのに、どこかふやけた感じが伝わって、繊維の浮き出てるザラ紙から、その子の親指とひとさし指のはらが確かめられる。
今どきの女の子よりも小さな,わたしの掌、よりも小さな、男の子の掌が感じられる・・・・
と、恍惚に浸ってると「オジさん。それ、ぼくのだからね。だまって、勝手に、触わらないで」の声がする。ふりかえると、全身怒り顔の男の子と静止する暇が与えずにこんな不審な男と繋がりを持ってしまって困惑してる父親の顔が並んでいた。間髪いれずに「ごめん」と続けて「おじさんもあなたくらいの頃に持っていたものだから、つい懐かしくななってしまって」と繋げば、その子は無理でも父親の方はそれをきっかけに、すっぽんぽんの三人とも居心地の悪い空気を醸してくれるのに。
それが、わたしにはできない。
「いあいや、持ち込みなんかじゃなくて、ここの銭湯の共有のものだと思ってしまって。ほらっ、湯上りスペースの長椅子の脇にそんなんがたくさん積まれているじゃない」と、わざと、その子の分からない単語を混ぜ込み意地悪く返す。なりゆきを見ていた父親は、意外にも「もう、こんなところには」の気丈な顔をつくると、わたしを睨み付け、その子の掌を握り、余った方で雑誌を掴むと、とっとと引き上げていった。
3人とも真っ裸の中である。父親の男根は、元々のしっかりしたカーブを崩さずに垂れていた。男の子のおちんちんもこんな修羅場のあった割には縮んでいなかった。
「よかった」と思った。わたしのはアルマジロのように縮みあがっていた。自分が仕掛けた顛末なのに、そんなのはホっぽっといて、あの親子には無様な後味が残らなくて本当によかったと思った。




