もう若くはないけど、美しいあのひとに似ていると言われませんか
どうやら刺さったらしい、まぶたの裏に恍惚が浮かんでいる。
齢に従って偉くなると、同じような感じの偉くなったひとと組織の目的のために今日初めての会う機会が増えた。肝心の組織の目的の方は、段取りから本番まで若い連中がそそくさとしてくれているから、わたし達は、それが円満に進んでいるような和やかな顔で、世間話を間に挟んで談笑していればいい。
はたからは、気楽な役回りと思われがちだが、こんな身の丈に割の合わない役回りはない。
ふたりとも、オジさんなのだ。いままでが、赤の他人同士のオジさん同士が、逢って、すぐに、さっきまで盛り上がっていたように談笑するなんて、飲み屋でのトイレの中座のあとじゃあるまいし、不自然が極まりない。
それでも、今日のために設営された広い会議室の中で一番の給料をもらってる二人だから、気持ち悪かろうが、我慢する。それが、こうした段々に偉くしていく組織で働くものの務めだ。相手のひともそうだがらと、段取りは踏まえている。
「・・・・近ごろは、面倒くさくなりましたねぇ。この間も、新卒の女の子たちが固まってるんで、その中のひとりのスカート丈短くなったのを、『夏を先取りしてるね』っておネエことばで軽くヨイショしてあげたら、シカトされちゃって・・・朝のあいさつひとつとっても、あいて見て、かおいろ見て、チョイスしなちゃいけない時代なんですから、ほんとぉ面倒くさい世の中になりましたね」なんて、今朝の株価や為替相場といった硬い当たり障りのない話題からいきなりテレポーテーションして揺さぶりをかけてみたが、大丈夫な感じだ。
だから、少し悪戯してみたくなる。
このひとなら、仕事の輪っかが掛かってから、そうそう逸脱してもトラブルにしないだろう。いい成果がでて、わたしの秘密のデータが増やせるかもしれない。この顔な感じのオジさんは、きっと、そうに違いないと踏む。
時候のあいさつに片足はつけているが、初対面の似たような立ち位置のおやじが、占い師でもないのに、真っ昼間の若い連中が真面目腐って商談してる最中にジャンプするくらいの揺さぶりが飛ばしたから、少しは顔に赤みが浮いてる。
いまが潮時だ。
ふたりっきりなら、それを隠すために、真っ赤になって気色ばんだり、亀が甲羅に首を引っ込めるような汗が浮いてきた胸筋を冷ややかな顔をつくって隠すんだろうが、真ん中の商談から離れてるとはいえ、この会議室から出るわけにはいかない。いまなら、若い女子会の中に割り込んだ道化の占い師をとおしていける。
「似ているって、云われたことありませんか」
このあと、いつもちょっと間をおく。このひともこうしたときのほかのひとたちと同じ様に、受け入れ口を探しに身体をくねらせてるのが見て取れる。
「いまは出番は減ってきてるけど、むかしはトレンディドラマで主役はってるだけじゃなくて、CMもバンバン出てた、あのぉー・・・・・結婚したいとか、付き合いたいとかのランキングでいつも上位を占めてた、あのひと・・・・あぁっ、口まで名前が出てこないっ」
ここまで、粘っこく伸ばしてきたら、指の数くらいの名前があたまの周りを巡っているはずだ。似顔絵に描くなら、目鼻立ちからはじめるイイ男の部類に入いるひとだもの、20世紀の終わりのキムタクとかトヨエツとかが浮かんでるはずだ。
産みの苦しみに似た表情のわたしの口から、そのポロリが出たらすぐに拾って話題を繋げる算段に満ち満ちた感じになってる。
でも、そんな期待を裏切って、わたしは、もっと遥かな高みにジャンプする。
「鶴田真由に似てるって、言われたことありませんか。ほら、こうして、額と口元隠せば、ねぇ、そっくりなんだけど」
イケメンの顔ばかり並べてたカードに、想像を超えたスペシャルを切った。
声のトーンは日経新聞のコラムのままだから、本業に勤しむ若い衆の胡乱が届くことはない。わたしの両の掌が、その人の目鼻だけを際立たせ、顔を覆うように隠しても、熱心なアメリカンが手振り身振りたくましく話の興を盛り立ててるようにしか見えてないはずだ。右掌でおでこを、左掌で鼻筋の切れた小鼻のあたりを隠して前のめりになると、相手は小さく一歩あとずさりしそうになる。
おっと、前に出過ぎた。「ほらほら、ねっ」と、声に出さない口真似をする。
わたしの両の掌の挟まれたそのひとの目から、受け入れられないものを遮るための怒りや気色ばみは見えてはこない。
洒落を受け入れる余力で耐え忍のべるかの困惑は浮かべているが、心底の恍惚がにじみ出ているのはまだ気が付いていない様子だ。
楽しい意地悪だから、わたしは両の掌をかざすのをやめない。ほらほらねっの口真似もやめない。いままで一度として、その女優を重ねたことはないのだろう。こんな真似されて、時間と場所のずっと遠くにいた女優を無防備の身体に載せられたものだから、ふりほどけず、溶けたもが身体を覆ってる。
こうして説明すると長いが、ほんの二、三秒のことだ。
なにを言われるかと思ったら、ご冗談が過ぎますよの洒落を終わらせるサイレンが鳴ったので、わたしはかざしてた両の掌を納めて、「はじめての方なのに、とんだぶしつけなことを・・・・・若い時分に憧れてた女なんです。面影があまりにも重なっていて、おもわずご親戚の方かと思ってあとさき考えすぎ身を乗り出してしまい申し訳ありませんでした。お気を悪くされないでください」
わたしは、早々に矛を収めた。かざした両手をぱんぱんと祓うわざとらしい仕草までしてみせた。
あんな美しい女に重ねられて気を悪くするオジさんなんていませんよと、わたしのマッチポンプに振り回されたこのひとは、ひとり取り残された恥ずかしさを隠すように余韻を返してくれる。
それでも、まだ、このひとは気づいていない。恍惚が溢れた瞳の奥に気づいていない。矛を納めたわたしは、秘密のデータにこのひとを追加するだけだ。
こうしたかつてイケメンを謳歌したオジさんたちに、若い女を出しても、ダメなのだ。すでに、若くはないのだ。そう願ったとしても、すでにその女は別物だから、己れを覆われる心配はない。
でも、同じ時間を移ろった女は危うい。
隠すより、知らずにいたそのことが、面に出てしまう。
きっと、これからその女優を見るたびに鏡を見るような習慣が生まれるはずだ。わたしがそうだと選んで呪文をかけたのでない。わたしは、ただ、このひとの前にきっかけを落としただけ。拾ってポケットに入れたものをそのままクセとして仕舞いこむか、行動に移すかは、このひと次第だ。もし、行動に移すのなら、これからの、このひとの余生に新しい潤いが生じるはずだ。
若い時分とは違う、借り物ではない本物の潤いが。




