喉仏の中にある仏の座を支点に空中を浮遊してる感じ
前の夜、深酒し過ぎたからだった。
なにか張り付いたような調子の悪さから午から休みをとって温泉とサウナに身体を費やし、張り付いた感じが身体ごとごっそり取れた感じが寝入りばなにしたら、そういえば「宙に浮かびに行っていた」のを思い出した。
宙に浮かぶのはどこでもやっていいということではないらしく、浮かびたいときは皆んなその体育館に集まりやっている。
浮かぶのの体育館だから、ほかののより背ぃが高い。
内に入いって、上下こもごも好きにな高さに浮かんでる輩を透かしてみると、2倍は背ぃが高い。
なにかプールの中から眺めてる感じがする。
シンクロナイズドスイミングや水球、高飛び込みと中を透して観戦するものと近しい感じがする。此方とは違ってあちらの方には水のような何かが詰まっていて、此方とあちらを遮るアクリル板があるのかと探してみたくなった。
きっと、「これから始める初心者にはそうしたイメージが湧いてくるのが大切なんです」と、横についてくれるパーソナルトレーナーは、そうアドバイスしてくれるはずだ。
と、リラックスするための少し高揚した気分を抱いて、入り口からの辿る手順に乗っていく。
ところが、そんなシャチほこばった構えのゲートはどこにもない。
スポーツクラブよりも市営プールのような地味さ淡々さのまま、内に入る。個々のお客を意識したスタッフの配置はなく、男女別に分かれる更衣室の前に自販機が置かれ、初めての利用者にも辿れるよう利用料金の説明がシンプルに記されている。
浮遊代 800円
男女や年齢の内訳区分はなく、それが一番上の4列のボタンに一様に表示されていた。手ぶらでやってきた私は、それのほか、下段に「貸出しジャージ」と記された中のMサイズのボタンを押す。
千円丁度だから、印字された2枚の白い紙のほかお釣りは出ない。
更衣室に入って直ぐにマジックでMと書かれた籠の中から黄色で軽めの上下を抜き出し、無人野菜売り場の料金箱のような回収ボックスに「貸出しジャージ」の方を納めた。
着替えて内に入る。
券を回収するより早く、黒メガネの男が筒状に仕込んだ包みに入ってる薬を渡してきた。監視員を装っての危ない薬を渡すドキドキを感じ、流れを乱さないよう初心者と見破られないよう務めて自然に浮遊代を手渡す。
そのあかね色したキャップのない糊付けされた筒状のものは、嚙み切らなくても、持たされた方の掌の親指の腹から押し出す力だけで簡単に口を開く。
「やはり」という感じで内は白い粉だった。
粒が見えないほど細粒の、息を吹きかければたちまちに飛んで宙に溶け込んでしまう感じだ。
「水はもらえないのか」とちらりと見たが、男の視線はあさってを向いている。黒メガネだから本当は見えないのだが、そっちを向いているのは分かっていた。
説明なんてされなくても、「宙を浮かぶのに、これを飲むんだ」は出来上がってるんだから、さっさと飲めばいいんだ。
流れを乱さないよう初心者と見破られないよう務めて自然に飲み干す。はばける心配が起きなかったのはイメージがばらけずに出来上がっているからと、浮かんでしばらくしてから気づいた。
あちらに渡る際にドボーンの音はなかった。
プールでないからそこまではイメージしなかったが、昇るとか浮かぶとか飛ぶとかの感じを見せず、あちらに渡るキッカケを滑らせる感じにしたのが良かった。すぐにそのイメージが湧いたのは、もともとの筋がいいのかもしれない。
先の利用者の邪魔にならないように天井までの透き間を捜し、そこに身体を滑らせる。
滑らせる感じで渡っていくと、すぐに利用者がコアな高さをキープしてる高さにまで辿り着けた。
利用者をみると、身体を動かすときは何かしら掻いている。
浮かぶのは重力から解放された感じだから、足よりも先に手の方が行って、移動よりも回転がメインとなる。生まれたときからの生活がこういう始まりだったら、もっと理にかなった動作もあるのかもしれないが、いかんせん経験から引っ張ってくる動作は水の中が一番近しいのだから、誰も彼もそうなるしかないのだ。かなづちで泳がないひとは、もう少し違うのかもしれない。
搔いてみる。
クロールの抜き手で搔いてみる。グルんと身体が一回転する。水の中のような抵抗がないから、それほど力んだのでもないのに、回転がかかり丸まった身体は二回三回と同じ回転で回り続けて、数えるのが面倒くさくなったあたりで止まった。
止まったあとクラクラが始まるかと心配したが、平気だった。もともとの三半規管が丈夫という覚えもないから、飲んだ薬のせいでそのように出来上がっているのだろう。初心者と気づかれ侮られないかの方が心配だったが、利用者は皆んな、そんな下界の下世話から解放された唯我独尊でいる。いづれ、わたしもそこに辿り着くんだろう。こんなジタバタを抜けて静かに浮かんでばかりに見えた利用者は、ゆっくり回転している。
秒針よりは遅く 長針よりは早く
12分くらいで一回りしている。
ほかにすることも関心もないから粘り強く見つめてると、そろそろというときに、足の親指をバネにして、そこを軽く蹴り上げている。蹴り上げた親指は、そのまま暫くは起立したままだ。
右足も左足も変わりない。
静寂に、シュートを決めたスタジアムの5万の観衆の鳴り響きが差し込む。右か左かシュートを決めたヒーローの、硬直し起立しているその脚をあきれるほど見つめている5万の観衆は、このときも間違いなく存在している。
それが差し込まれる。差し込まれる外の世界はそれだけだった。
そぉーとではないが、音はない速やかな動き。12分に一度、まばたきするような無意識でそれは繰り返される。
起立した足の親指と同様に、皆なが皆な浮遊し回転する者の支点は、喉仏の間に入って仏の座よ呼ばれる頸椎の第2関節だ。骨のかたちを覚えていたから、ここでこうして浮かびながら廻ってるのが一番しっくりの感じがする。
それを感じたら、ここの誰彼皆んな掴まえて、この感じを伝えたい。足の親指がポーンと起立した感じには起こらなかったが、「喉仏の中にある仏の座を支点に空中を浮遊してる感じ」はそれを声にして言葉にして伝えたい衝動が湧いてくる。
皆んな、すでに、知ってるのは分かっている。
わたしだけが後で知って、こうしてウズウズになって湧いてのもの分かってる。結婚か葬式か、そうした親戚中が集まる騒ぎごとに放り込まれ、居心地の良さと悪さが半分半分の、幼い仔がもよおすウズウズなのは分かってる。
その感じなのだ。
だから、さっきまでアカの他人と決めつけていた皆んなが、何かしらの縁のあるものに感じられてくる。目を瞑ったり、そうした半眼めいたポーズをとっていっぱしの行者の風体を装っているが、ほんとうは白い粉の薬の効能かなにかに他人任せにして浮遊してる輩なのだ、
わたしと同じ輩なのだ。
それを感じると、この静寂が、誰も彼もにいっぱいお喋りしたあとの温もりに変わった穏やかさのように感じられる。
それもこれも他人任せの薬のせいなのかもしれないが、自分であろうと他人であろうと拵えものであるのに変わらない。
無為にそれに触れるのは、あまり品のいいやり方ではないと感じる。
薬が切れて、感じが切れて、覚めた。




