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辿り着けえぬひと

 やっぱり、辿(たど)り着け得ぬひとであった。

 ほかに誰もいないバスの中だった。全面が緑のフェルト生地の椅子が皆んな此方を向いてる中に、そのひとが居た。


 静かに、座って 


 乗車口から上がってきた私の方を見つめている。だから、ずっと待っていて呉れたのだと思った。が、思った途端、そんなはずは・・・・と首を大きく左右に揺らすわたしが居る。

 その(ひと)は、そんな幾つかのわたしを見ているような、それよりも向こうの、こんな四角いバスの中なんかよりも向こうにある憧れを見ているような目をして此方を見ている。

 此方の存在など気にせず擦り(すり)抜けてその先の向こうを見ている猫たちのようにまばたきをしない目まで近づいて離さないようにしてから、やっと声を掛けた。


「待った」

「いいえ、ちっとも」


 もうどれくらい同じものを繰り返しただろう。

 ふたりともこれより先の言葉を持たないから、沈黙が続いていく。砂時計が降り注ぐように横たわっていく。

 そして、その(ひと)の周りに影がする。

 二人掛けの空いてる方の窓側に腰を下ろし、アカの他人のまま、その(ひと)にも窓にも近づこうとせず、四角く切り取られた世界の中だけで十分だと、飽きもせず眺めてる男の気配の影がする。影はいつまでも影のままの黒々だが、段々にその色を濃くしていったようで、砂漠くらいの砂時計が横たわってるような

とても長い時間が経っていた。

 いつまでも姿勢を崩さぬその(ひと)は、背もたれに身体を預けぬその(ひと)は、背中に仔を結わえていて、その仔らの影も濃くなっていた。

 影はふたつ、どちらも男の子だった。

 濃くなるばかりでなく、影は大きくなっていく。その(ひと)を抱っこするまでに大きくなっても、隣のアカの他人の男に食み出さず(はみださず)、抱っこされ、女はおんぶをし続けていた。


 経っていった時間の大きさ重さを一度として量りにかけようとしない女の顔は、日常であった。

 わたしだけがこの親子の日常ではないのだ、辿り着け得ぬひとなのだと気づいたら、覚めた。


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