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「この世から白い棒線のすべてが消えて無くなってしまう」を伝えるヒリヒリした会議

 昨晩のヒリヒリからか、緊張感の張り付いたものにいってしまった。

 かつて所属していた職場の会議のような中にいた。でも、部屋は、学生時代の一番お大きな階段席の403講義室だった。

 だからか、説明する側は教壇のような立ち位置にいる。わたしは、向こうからは一番見つけにくい死角なのをしってるから、中段の真ん中よりも左に寄った席にいる。

 説明するひとは、生え抜きでは二番目のポストまで偉くなった池田さんだ。いつもどおり短く刈り込んだ頭を聴衆に視線を向けて棒読みしている。

 なにか「地球」や「物理」が関係していることらしく、かなり専門的な内容だった。

 だからか、説明で何か穴が開いても大丈夫なようにプロジェクターの鮮明な画像には箇条書きもついていて、池田さんの棒読みを一言一句聞き取りながらのかたちばかりの要約メモなんか書き取らなくても、それをそっくりカラーコピーすれば全貌をつまびらかに復命できるよう配慮のいきとどいた資料構成になっていた。

 だからか、池田さんは担々と読み上げるだけ読み上げて、袖に戻る。

 階段席側の誰もがわたしと同様の理解を得ているから、プロジェクターに映し出されたパワポの印刷された綴りをもって、席を立つ。

 それを合図に、設営した会議の撤収に、袖やら前の席やらから若い衆がそそくさと出てきて、マイクやらプロジェクターやらを片付け始めた。

 話した方も、聞いてる方も、誰もこんな大げさな会議を設けた本当の意味など分からないまま、会議という名の説明会が散会されようとしていた。


 皆んなヒリヒリは感じてるのに、「次のことが待ってるから」のせいにして、のっぺりを決め込んでいる。

 前にしゃしゃり出て張り付いてるものを引っ張る性質ではないのだが、こんな木で鼻をくくった空気を「もうこれ以上」吸いたくなかった。

 この若い衆の中に、本当のことを一番よくわかっていて、池田さんにアナウンスする段取りまでを仕組んだヤツが混じっている。

 そのはずだから、席を立った聴衆の背中にも聞こえるような大きな声を出して、質問をぶつけた。

「あのーぉ、質問時間を設けてなかったようですが、ひとつお聞きしてよろしいですか」

 背中を向けていたギャラリーのうち半分は誰かがするものと思っていたから、席に戻ってきた。ちょっと、熱く感動した。

 ざわざわ ざわざわ

 本当にそんな音がするのか分からないが、ひらがなで表記しようとすると、それが出てくる。

 

 ギャラリーが見守る中、アンコールでなくはこれから始まる本編のマイクを掴んだ顔は、いかにも()()()()()の名前が似合いそうな、神経質そうだがここまで曲がらず素直なまま中堅になった職員だった。


 いい感じの空気感を合図に、この場面で一番似つかわしいセリフをわたしは言った。  

「これって、いったい、なんなんですか。なにがどうなるから、こんな階段教室まで使った大仰な会議したんですか」 

 ひらがなでしか言い表せないない「どうして、どうして」に、まなぶくんは簡潔に答える。

「プロジェクターで図示しましたように、すべての白い棒線が無くなるということです。これはこの件の中枢から配られた資料そのままです。日本語に翻訳した以外なにも手を加えてはいません」

 任務でこの件のこの地域の担当をさせられてるまなぶくんは、そこからはみ出さず、それを繰り返そうとする。

 池田さんが繰り返したフレーズには、役職者らしいそれりのもう少しその意味することに近づく飾りが付けられていた。わたしは、記憶に残った一言一句を繰り返す。

「この世のすべてから、白い棒線のすべてが消えてなくなってしまう。そのとおりなのですね」

 質問をするわたしばかりでなく、戻った半分が任務で来させられたギャラリーは身銭でチケット購入した当事者の顔に変わっている。それをしって、まなぶくんも立ち位置を変える。


 それを合図と見て、わたしは続けた。半分の聴衆を背負ってる演出も必要だから、皆んなの呼吸が揃うまでのわざとらしい一呼吸おくのは忘れない。

「皆んなが知りたいのは、週末の金曜日の午後に急遽、こんな階段教室まで使った大仰な会議を開かななければならない事情、聞いたあと持ち帰らなければならない大きさです・・・・・世界中の全ての白い棒線がなくなると、どれくらい大変なことが起こり、わたしたちはどんな酷い(ひどい)目にあわさせるのだろう。知りたいのは、その重さ、目方です」

 なんとかよどみなくスラスラ言えた。言い使った口上を述べた気がした。口上のようだと思ったのは、己れから出た言葉ではないことも関係している。これで、わたしの役割は終えた。やれやれと、席について座ってるギャリリーに戻っていく。きっと、袖に入ったときの池田さんも同じやれやれを思ったに違いない。

 

 まなぶくんは、「たとえて言うなら」と言って、一呼吸おく。

 一呼吸おくのは、ナンバー2に上り詰めようと、漢気(おとこぎ)を出そうと、こうしてトリの本編を任されようと、宮仕えの作法が身についた同業者は一緒だ。

「世界中の古今東西の絵画やら写真やら、記憶にあるだけの白い棒線が描かれているものを思い浮かべてみてください。それを順々に右から並べ、記憶のストックが空になったら、そこにあるすべての白い棒線を消します。明日からは、すべての日常がそれに変わります」


 まずやってくる、いちばんの酷いに合うことってなんだろう。皆んな下を向きながら、あたまの中の写真や絵画にある白い線を消していく。

 横断歩道

 アディダスの3本線

 飛行機雲

 当たり障りのなさそうなところから消している。


 「あっ」と声がする。

 はやく帰らないと保育園のお迎えに間に合わない顔の似合う子育てで顎の線が少しシャープになった美人の三十代の女性職員が声を漏らす。

 飲み込んで気配を消そうとしてるけど、もう遅い。

 スポットライトは彼女から離れない。

 はやく言っ。すぐに思いつくいちばんヤバいやつ。

「うちの子、青い画用紙に白のクレヨンで、たくさん線を書いてた。何を描いてるのって聞いたら、・・・・雨」

 皆んな一斉にしぼんで、403講義室の温度が2度低くなる。

 はやてくんと公園で遊べないようにした雨。

 遠足のおやつに買ったのに、300円までって一生懸命選んで買ったのに、いつものお昼寝のあとに食べることになった雨。

 憎たらしいからたくさんたくさん、青い画用紙が真っ白くなるくらい白い棒線引いていた・・・だから、きっと、あの子が聞いたら喜んじゃう。そんな憎たらしい雨、もう一粒もこれから降ったりしないから・・・・・

 

 どんなに深刻でも凄惨でも、誰もパニックなんて起こさない。訓練が行き届いてるから、合点がいった顔で、皆んな帰っていく。さっきの美人のママさんだって、自分のデスクに戻って片付けて、お迎えに到着までの時間を逆算してるはずだ。まなぶくんも、自分の頼まれ仕事で後片付けしてる職員に混じっていった。

 いつまでも403講義室にはいられない。わたしも、どこへかしらぬが戻ることにする。


 何かが始まるを知ったあとでも、わたしたちはいまの日常に戻っていくしかないのだから。


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