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幌(ほろ)の中の水澤さん

 商いをしているようだ。

 それも(たな)を構えての商いでなく、風呂敷を背負(しょっ)ての行商のようだ。鳥打帽まで被ってるからかなり時代罹(じだいが)かっている。

 そんなだから辺りの様子もそれに(なら)って、通りの表店を構える店の前は(ほろ)を降ろした露天商が同じように順を並べている。

 秋が終わりなのだ。子ども背丈まで雪が積もるこの土地では幌を持たなくてもとても露天はやっていけない。

 表店の戸口と同様に、お客は幌を上げて、中に入り、店の主と対峙する。

 雪はないのに雪の降る前のしんしんとした静かさが周囲を覆ってるから、灯り取りにと四角く切ってビニルを張った窓からの主と客の緊迫の駆け引きは外には零れていかない。


 そんな商いと違ってわたしは身軽な行商だから、今日の風呂敷の中身にあった何某(なにがし)の店の前に(はべ)って、手ぶらでそこから出てきた客を捕まえ、持って回ったような言い草で路地に誘い込み、交渉する。

 それで、五人にひとりはあたるから、この辺りの者にそれと勘ずかれなければ、割のいい商いが出来る。


 この辺りでやる行商で大事なのは、幌の中で何を商いしてるかを探ることだ。

 それで、風呂敷を隠し、鳥打帽を隠し、幌を建てたのを見計らい、冷やかしの真似事で内情を偵察する。あとは路地の陰から鳥打帽を目深に被り、今日の風呂敷の中身にあった何某の店を張っていくのだ。


 それなのに・・・

 悩んでいてもどうしようもないやむにやまれぬ詮索であたまをそちらに向けてる隙に客がするりと幌の中に入ってしまった。

 幌の中の静けさは変わらない。雪など降らないのにしんしんとした静けさが周囲を覆っている。

 四角く切ってビニルを張った窓は他の店よりも狭く10センチの幅にも満たなかったが、中の様子は客の顔まではっきり見えた。


 客は水澤さんだった。

 白髪頭の童顔に皺を刻んだ顔は、まぎれもなくわたしがかつて2年間仕えた課長の水澤さんだ。OBになって、つい前月いまのわたしの職場にひょっこり顔をみせたばかりだから、こんな処にまで出てきたしまったらしい。

 主が差し出す上着をとっかえひっかえ着てるから、この店が紳士服専門店なのが分かった。それは、今日の風呂敷の中身の何某とは違っている。

 紳士服と違っているのは分かったが、違っていると分かってから、今日の商いの風呂敷の中身が何であるのかが分からなくなってしまった。そして、それでも、そんな商いや風呂敷の中身などどうでもいいことのように思えてきた。


 きっと、また、悩んでいてもどうしようもないやむにやまれぬ詮索が蜷局(とぐろ)を巻き始めたのだろう。


 ビニルの窓から見える店の中は案外に広く、上着をとっかえひっかえさせながら巻尺をもった主は水澤さんの身体廻りを計っている。上着はあんなに変えているのに、下の方はまったく構っていない。脱いだのかそれともはじめから履いてこなかったのか細い寒々した太股(ふともも)はずっとむき出しのままだ。むかし下半身に大きな手術を施したと、飲み会の横になった席で話していたのを思い出した。

 下着はかろうじて履いているが、それがフンドシだった。

 フンドシ姿を見るのは幼いころ銭湯に通っていたころ以来久しぶりだったが、瘦せた白髪の童顔のひとのフンドシは不思議と似合っていた。

 「似合っているねェ」と、そちらにばかりあたまが向いていたら、覚めた。


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