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マチの入った大きな紙袋

 すっかり覚めたようだ。

 何時なんだろうかと手元に引き寄せたら、まだ2時33分だった。もう眠ることはないだろうと、覚醒に気づき放れていくのを手綱をピーンと張って、手元に手繰(たぐ)り寄せる。

 

 キューバではまだ現役で活躍している派手派手大づくりな70年前のコンバーチブルなアメ車だった。その厚々したドアノブに「振り落とされてたまるか」と、必死にしがみつく。

 それがスナップ写真の静止画なのに、ピーンと張ったら必死だったドアノブのメタル地の冷たさやド派手のピンク色したドアの太鼓腹のように膨らんでいるマットで重たい質感が甦り、前後の繋がりを取り戻していく。

 あいつは出かけていくのを装いながら、必死にわたしから逃げようとしていたのだ。


 ドアノブの冷たい記憶は、右手だけで握りしめていた記憶だ。

 左手はマチの入った大きな紙袋をたくさん持たされているから使えない。紙袋はあいつが託したものだから、パタパタ風の抵抗をつくって、わたしを剝がすのに一役かっている。


 マチを入れるため紙を貼り合わせ、入れた中身が抜けださないよう糸でグルグル巻きの袋を20枚、しっかり抱きかかえないとすぐに大切な中身が抜け落ちてしまうくらいに大きな紙袋を渡された。

 呼び出されたのは、わたしだけじゃなかった。

 大学時代の同じ部員だった仲間がほかに5人、それぞれ家庭や社会を抱えた場所からはるばる学生時代のこの場所までやってきた。

 二十年ぶりの邂逅(かいこう)

 それを目掛け、普段の日常を前と後ろに掃き出して、やってきた。

 それなのに・・・・・あいつは、予定していた必要人数がそろったところで、各々に袋を渡す。いままでにもこうしたやり口に慣れているようで、説明の口調もマチの入った紙袋も使い回しの年季が入っていた。

 話を聞いているうちに、5人の「久しぶりィ」の紅潮していた顔から熱が失せ、この日のために何日も前と後ろに掃き出してきた日常が戻っている。


 とうに、友ではなくなっていた。年に一、二度飲み会を混じえる顔見知りから頭を下げられ、ヤボ用をいいつかっている。そんな空気に一変した。

 紅潮したままなのは、わたしだけだった。

 二十年ぶりの邂逅を裏切ったあいつへの怒りがどうにも許せなかった。

 いつもの大人のヤボ用に消化できなかった。

 学生時代の子どもじみた顔を戻せずにいた。

 あいつもそうだが、ほかの連中までなんであんなにすぐにいつもの日常に戻ったすまし顔に戻っていくのか、わたしと同じ子供じみた紅潮を本当は冷ませず隠しているのに、それをおくびにも出さない風を装っていることに憤っていた。


 そんなわたしを尻目に、あいつと他の5人は外に出て、車に乗り込む。

 はやく片付けないと今日で仕舞でなくなってしまうだろぅ。今日一日で消化しないツケは全部自分に覆いかぶさってしまうだろぅ。理不尽だろうと不条理だろうと、自分で抱えた以上は消化していくのが四十を越えた大人の男の務めだろぅ。

 それは分かっている。が、各々の腹がスケルトンで見えてるから我慢できない。

 ー みんな、エンジンかけたら、あいつだってコンバーチブルのアメ車に乗り込んで、片付けにいくのに決まっている。

 ー むかしっから、あいつ、面倒くさいヤツだったよな。

 そう呟いてるハラがふたつ見えてくる。


 わたしはひとつ残ったコンバーチブル車には乗り込まず、エンジンをかけたあいつの車のドアを開けて、あいつを引きずり降ろそうとした。でも、それよりも、ロックをかけ車を走らせる相手の方が早かった。わたしは冷たいステンレス製のドアノブに右手だけでしがみつき、振り落とされないよう身体を小さく丸く(かが)める。 

 左腕は、預かったマチの入った大きな紙袋が20枚束になっているから、身体と同様に振り落とされないよう集中しなければならない。だから、使えない。

 面倒くさいヤツかもしれんが、オレも四十を過ぎたんだ。好きなようにさせてもらうが、大切な紙袋はひとつとして落としてやんない。

 「それくらいの矜持は持ってるさ」と(うそぶ)こうとしたら、覚めた。


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