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皆既月食の、あの赤黒い光を浴びていたせいだろうか
昨晩の皆既月食の、影になったあとにも続いたあの赤黒い光を浴びていたせいだろうか。月が大人しくしてくれない。
次の日になったのに、日が落ちるのも待てないで、いつもよりも二倍は大きな赤い月を少し南側に曲げて昇らせる。まるで、テーブルクロス引きの瞬時の模様替えがあって、此処が地球などではなく、映画館でタルコフスキーを見ていたときの別の惑星にでもなったような気分だ。
すでに夜はとっぷりとなった。
昼とは別の明るさが満ちるのを待ちかねたように、昼の騒々しさのあいだはずっと足元の下に隠れていた輩たちが夜陰の斑のくねくねを這うように踊り出る。
年に一度、わずかばかりの蓄えをこの夜一晩に使い切ろうと、植物という植物とが一斉に肩を組み始めた。
冬のためすでに根っ子に移っていた大根は、切られて捨てられる葉っぱの光合成を蘇えらせる。
正月の縁起物にと、捻じって干されたパンパスグラスの8つの束は、稲わらに似せたグラス類特有の枯れ色に、紅を染める。
捻じれた窪みに挿した紅に夜陰が溜まった。
溜まったら、かつて流れを止めてまで見入ってしまった女の二の腕を想い出し、覚めた。




