マトリックス表でする準備体操
月曜日の朝を迎えるからだろうか。先延ばしにしてることを気にしないようにと、すぐに片付くものばかりを中途中途に並べようとする几帳面さが横たわってきた。
几帳面だと感じたのは、縦軸と横軸が並んだマトリックス表のせいだ。
配られたそれを見ながら、説明する先の相手と、わたしと同じように集められ話す男とマトリックス表を交互に見ている仲間たちが会議机を囲んでいる。
仲間と括ったのは連帯感を感じてのことではない。こうした本社ビルの一室で空気と時間を共有しているからそう呼んだにすぎない。が、マトリックス表を作って説明してるのだから相手は自分と同様に熱心に聞くはずダを前提で説明してる男よりは、近しさを感じる。
男は本社ビルの真ん中に住んでるひと、わたしたちは同じビルディングでもそれより少し離れた場所に住まわしてもらっているひと。そんな感じだ。
説明している男には悪いが、中身はどのようでもいいことだと皆んな感じている。
どうでもいいとは言ってない、どのようにでもだ。
今まで関係ないと思ってきた何かをこれからやらされる。その事前準備がこのマトリックス表だ。
そういう意味で、何がどう変わっても、今までゼロだったものの何かをやらされるのだから、何を言いつけられようとどのようにでもいいことという意味だ。
たとえば、「別にさぁ、上からの指示を受けた別の誰かが急に入ってコソコソやったあと、今まで説明したのがみーんなおじゃんになって、新しいマトリックス表が配られて、申し訳ありません、彼の方から説明いちからやり直しますって言われても、ぜーんぜーん気にならないから。何か別のものに置き換わっても会議机のこの空気、変わらないって」などなど。
説明している男からも周りの連中からもこれから先、そんなシチュエーションの中で何かの意見を求められることは金輪際ないだろうが、マトリックス表を見ていると頭がむずがゆくなってこうした頭の体操がしたくなる。
頭の体操が残ったからだろう。
ふわふわはそのままで中身は一向にはっきりしないのに、その中身が体操モードで近づいてくる。ラジオ体操の第一か第二かしれないが、準備のための体操だから全力とか息がハーハーとか雨天決行とかの大袈裟な本気ごとは出て来ないと、わざとワキを緩めていたら寝汗のような脇汗を感じて息苦しくなった。
なんだか、事前準備とか段取りとか一気にすっ飛ばして、本番一本勝負の土俵が近づいてくる。
本番一本勝負だから、もう会議室も説明する男も周りを囲んでいたギャラリーもひとりもいない。わたしは作業服を来て、慣れないヘルメットなんか被らされ、壊れたエレベーターの前に立たされて修理をすしている。
左右対称に8基ならんでるエレベーター全てが動かなくなってしまったのだ。
8時18分。
始業まであと12分だ。
エレベーター前のホールは月曜の朝から遅刻しないようと急いできた此処の職員で埋まっている。修理なんかできるわけないが、それを言うわけにも辞めるわけにもいかず、ドライバーだけで開くパネル周辺を開けて、赤や黄色の配線の詰まったその辺りを一番大きなプラスドライバーで突っついていたら、採血するのに少しのつもりがナイフが深く入り込みすぎて大穴こしらえた牛の腹のパンパンになった放水ホースさながら、辺り一面のたうち回る。
「痛いよぉー、助けてぇー」と声に出すはずはないのに、わたしに突き刺さる千人の視線を振り切るためのひとさし指を唇にあてる。
しぃー・・・しぃー・・・
一基だけ空いたエレベーターの真っ暗なホールに、ロープ伝いに降りていく。わたしひとり牛の修羅場を妄想してるるうちに、専門の他の職員がフックやら安全装置やらこまごまを手配をしてくれ、ホールの中とわたしの腰を結わえてくれていた。
ホールにはハロゲンライトが煌煌としている。煌煌だが、すぐ下も上も真っ暗闇だ。このビルディングに地下なんて管財の設備やゴミのため置き場みたいなヤードしかないのに謎めいた深さまで続いている。
「たぶん、謎めいた方なんだろう」と、次に配られたマトリックス表のイメージから下へと降りる。
わたしの妄想が伝わったのか、金属繊維特有の重たい軋みをあげながらウインチは下へ下へとわたしを運ぶ。
揮発しない粘りのある油を燃やしてるのを嗅いだら、覚めた。




