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いなかの枝豆売り

 幼い時分に父と一緒に実家に遊びにいった、それが現れてきた。

 父は親の縁の薄い子どもであった。三歳から二十歳過ぎまでを、その家で育ててもらったあと、年の離れた長兄の仕事の手伝いをしながらその筋の職人になり、母の実家に婿養子で入った。

 だから、そのうちの呼び名は実家でいいのだと思う。

 わたしは、幼い時分は、そこを田舎(いなか)と呼んでいた。すこし成長し、言葉使いを覚えると、その家の戸主のひとの姓や名におじさんを挟んで呼んだり、親戚周りで使っていた在郷(ざいごう)の名を真似て呼ぶように変えた。田んぼと畑に囲まれた20戸あまりの集落が点在する地域だから、田舎と呼ぶのに何の差しさわりもないのだが、幼い時分に「いなか」と呼んでいたのは、家付き娘の母の影響ではないだろうかと推察できる。

 借家住まいに家付きもないものだが、この地域では一番の繫華な土地で育ってきたことが母という人をかたち作っていた。わたしが中学に入る手前の年に借家から土地付きの一軒家を建てたときも、一番に嬉しがっているくせに、「これからは田舎住まいか」と二駅先の郊外に移り住むことを都落ちのように嘆く女だった。

 母はいかず後家の三十路で父を婿にもらい、わたしを産んだ。わたしは一人っ子だった。

 泊りがけで遊びにいくのは母を置いていつも父とふたりだったのも、そうした様々があってのことと偲ばれる。早熟だったわたしが、はやくに父の実家の呼び名を変えたのも、そうした事情からのことだろうと頷ける。


 それでも、出てきたのがわたしの幼い時分であれば、父の実家をいなかと呼びのが一番にしっくりくる。他人の声でない、わたしの幼い声で聞こえてくるからだ。

 枝豆をどっさり積んで軽トラに乗った枝豆売りがやってきた。

 各戸を周り、枝付きのもの、()いだもの、手の足りないうち用にと()で上げたものの三つを売りにくる。いなかのうちは農繫期で手が足りず、おばさんは茹でたものをどっさり買ってザルにあけ、男たちのいる座敷へと運ぶ。座卓をふたつ並べ、ビールばかりだった宴席に湯気をあげた枝豆が山盛りに三つ並んだ。

 空酒(からざけ)だった男たちは、皆んなコップを置いて下を向き、両手使いに一目散に黙々と食べ続ける。

 この辺りで枝豆は小鉢に乗った箸休めなどでなく、ごちそうなのだ。とても自分の畑で育ったものだけでは間に合わない。旬の習慣のない近郷在郷から買いあさる。湯気のたった熱々を大ざるにもって、他を置いてひたすら食べまくる。

 畑からの旬を皆んなが皆んなよってたかってむさぼり()う。

 ドイツの白アスパラ、バルセロナのネギ焼きを食う顔でひたすら貪る。


 みるみる実の入ったザルよりも(から)になったザルが満ちていく。なで肩で腹を下す風邪ばかりひいていたわたしは粒を数えながらしか運んでいかない。

 実のないザルがいっぱいになると、だれかひとりそのザルを両手に抱え一目散に家を出た。

「おーい、はやくはやく、枝豆売り、まだ角のうちで止まってるぞ。車を降りて大婆さんにつかまって立ち話してるぞ」

 それを聞いて、ほかの者の手が早まる。掌につかめるだけつかんで、口のなかに(ほお)ばるだけほうばって、ザルを(から)のさやで一杯にするため、必死に食っている。

 もはや、宴席でも酒の肴でもない。工場(こうじょう)競争(きょうそう)の修羅場だ。


 しったのだが、(から)のさやで一杯で再び実の詰まった枝豆と交換してくれるのだと、いう。

 わたしでどれだけ貢献できるのかと思ったが、しってしまった以上は何事かは足さねばならぬ。なで肩だの、腹を下すのと言ってはおれない気概が湧いていた。

 そんな子を、おじさんも周りの男たちも、さっきまでの他所(よそ)からの街の子を見る目ではなく、仲間をみるような目で見てくれている。

 わたしは、何よりもその光景を見ている父の顔が嬉しそうで嬉しそうで、それを見ている自分が嬉しくて嬉しくて、何度腹を壊そうとも無我夢中の覚悟で喰い続けた。

 しかし、覚悟をもっては無我夢中はできない。嬉しくて嬉しくての気持ちが張って、それがぱんぱんに張って、喰い続ける邪魔をする。

 

 背中を屈め下を向き無我夢中を唱えたところで、覚めてしまった。



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