癇の強い嫌なガキだった頃
なにか腹に溜まることがあったのか、わたしだけが出かけず留守番の体でふて寝をしてると、玄関が開いて、小さな頭の男の子がふたり入ってきた。小顔を通り越し70年前にアメリカの中西部で捕まった宇宙人並みの同じ顔がふたつ並んでいる。極端な小顔に加えて、肩甲骨ごと肩を落としたなで肩のすぐに腹を下しそうな体型だった。
それに、ふたりとも、既製服ではない。むかしの母親がそうしたように、着なくなった家人の男物の厚手の上着をほどいて子どものよそ行き用に仕立てた服を着ていた。
ギンガムチェックのおしゃれな柄のおそろいだった。それを、小さくとはいえ二着拵えるのだから、その子の父親はイギリス紳士並のセンスと体格なのが推し量られた。
後ろにはその子の母親が立っている。こんな小さな子たちのすぐ後ろだから、その子の母親であろう。
父方の血筋の人で、むかしの松竹映画に出てくるような冬花が凛と立つ凄い美人だ。珠江さんという名だったと思う。そのように読んだ記憶もある。その人の夫の姿かたちは忘れてしまったが、お揃いの写真があったのは覚えていて、幸せそうな若い二人のポートレートだから大きなギンガムチェックの上着を颯爽と着ているようなひとだったのだろう。
わたしひとりがそこまで思い出している間に、珠江さんの後ろに、出かけたはずの家人がみんな揃って並んでいる。まだいないはずのわたしの弟と妹も「わがままな子ども」という目でわたしを睨んでいる。
「もう、うちには、遊びには来てくれないのかと思って・・・・この子たちとはもう遊んでは呉れなのかと思って」
珠江さんは、二人の男の子に代わって、すがるように切なさをわたしに伝えて呉れる。
ー こんな、大ごとのことじゃないんです。しいて言えばわたしの癇、それなのに皆んなを、わたしよりも小さな子たちまで、こんなにも傷つけてしまって。
と、素直に言えたら、それがそこに立っている皆んなに伝わってくれたら、いつもすぐに言えたのに。そう思いながら、わたしはいつものように、血が出るほど唇を嚙み、地面ばかりを相手にしたいように、下を向く。
そして見えてる顔をすべて遠ざけるために引き戸を閉め、窓の明かりが届かぬ奥の四畳半の隅に置かれたおもちゃ箱代わりの大きな段ボールに身体ごと預ける。
まだ小さいから、すぐに腹を下しそうなきゃしゃな身体だから、上半分はうずまり、嗚咽するような哀しみは、便槽の下に堆く積まれた白く硬い固まりの中に鎮まっていく。
暗闇の穴の白いちらちらがぼんやりと浮かんだところで、覚めた。




