表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/231

終着駅を持たない列車と降りる駅のない乗客

 ガタピシの三等車ばかりが列をなしている列車だった。

 長い停車の度にホームに出て、左右に弓なりに伸びた客車の数を数えようと(こころ)みてみるが、何度(ため)しても、折れてしまう。分かるのは、概ね私の乗っている客車がこの長い行列のちょうど真ん中だということだけだ。

 ひるはこうして、「外の空気でも」とホームに立ち、二つ三つ先の同じような心持ちの乗客と目が合えば、常連客の面持ちででなんとなくの会釈などを返す。

  ー また、一日開けましたねぇ 

  ー もう、わたし、数えるのを諦めましたよ

 それでも、そうした心情のそこまで追いかけて、話しの相手をさせるには少し先が長すぎる。結局のところ、世間話を向ける相手は同じ客車に居合わせているふたりにだけだ。


 ひとりは少女である。

 言いつけられた風呂敷包みを両膝に乗せ、キッと車窓の方ばかり見つめているほっぺの赤い少女だ。こちらを振り向くことはないから、いつも曇った車窓にうっすら映るほっぺが本当に赤いかはいまだに分からぬ。

 もうひとりは老妓だ。太棹を相棒に旅から旅でずっと食いつないでいる女だ。こちらの方は、車窓よりも横にだれか渡っては来ぬかといつも待ち構えたように通路のほうばかりキョロキョロしてる(やから)だ。だから、おのずとお喋りの相手はこの老妓ばかりとなる。

 こんな真ん中の客車に用もないのに通るのは車掌を除きだれもいない。


 身を持て余した午前(ひるまえ)の10時と午後(ひるあと)の4時にきまって私のところへ寄って、いつも己れの半世を語ってくれる。毎日話す話なのだから、どこかその一か所を小分けに掘り下げればいいものを、いつも、男と金と朋輩への嫉妬の切れぎれを混ぜ込ねた世迷言(よまいごと)から外れることはない。問わず語らずの(てい)を決めうんうん受け流していると、老妓は「それじゃ、お座敷が掛かっているから」と席を立ち、向こうの客車へ移ってく。

 ここはちょうど真ん中なのに、彼女が向かうのはいつも決まって後ろの客車だ。いつも決まった馴染みなのよと少しくぼんだ背中で語ろうとするが、わたしは車両を移る彼女の後ろ姿を最後まで見送ることは一度もない。

 あとは、ただ、寝息に変わった赤いぽっぺの少女と長い夜があるだけだ。

 若い女の寝入りばななのだから席に廻って本当の顔を覗けばいいのに、わたしにそれを躊躇させるものが顔を出す。それは老妓のくぼんだ背中を最後まで見送らないことと繋がっている気がして、この平らかな日常をおびやかさなないためには必要なことと己れに課している。

 今夜も老妓は戻ってこない。彼女の席の手荷物だけが彼女の帰りの番をしている。

 わたしも眠ろう、少女のように。しかしここから聞こえるはずのない老妓のバチの音がやかましく、きっと、今夜も眠ることはないだろう。


 今夜はどこの河岸(かし)にはまっているのだろう。どてらを羽織り火鉢を抱え酒も飲まず掌も握らずただ黙ったままじっと眠ったお客の顔はいつも殿山泰司だ。

 なのに、そこには私が入っている。

 わたしが眠っては、誰もいない真夜中の客車の中で太棹のバチの音ばかりがやかましい女が、あまりにも哀れではないか。

 眠りの深みに落ちそうになる私を拾い、わたしは殿山泰司の中へ戻っていく。


 夜が明け遅い朝をむかえた私を老婆は明日もおこしてくれるだろう。

「一晩中はなしてくれなくて、もぉー」と肩をたたいて起こしてくれる。うっすら開けた(まなこ)には、さっきまで添い寝していた男を舐めるように朝日を浴びた老妓の金歯が眩しく光ってみえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ