終着駅を持たない列車と降りる駅のない乗客
ガタピシの三等車ばかりが列をなしている列車だった。
長い停車の度にホームに出て、左右に弓なりに伸びた客車の数を数えようと試みてみるが、何度試しても、折れてしまう。分かるのは、概ね私の乗っている客車がこの長い行列のちょうど真ん中だということだけだ。
ひるはこうして、「外の空気でも」とホームに立ち、二つ三つ先の同じような心持ちの乗客と目が合えば、常連客の面持ちででなんとなくの会釈などを返す。
ー また、一日開けましたねぇ
ー もう、わたし、数えるのを諦めましたよ
それでも、そうした心情のそこまで追いかけて、話しの相手をさせるには少し先が長すぎる。結局のところ、世間話を向ける相手は同じ客車に居合わせているふたりにだけだ。
ひとりは少女である。
言いつけられた風呂敷包みを両膝に乗せ、キッと車窓の方ばかり見つめているほっぺの赤い少女だ。こちらを振り向くことはないから、いつも曇った車窓にうっすら映るほっぺが本当に赤いかはいまだに分からぬ。
もうひとりは老妓だ。太棹を相棒に旅から旅でずっと食いつないでいる女だ。こちらの方は、車窓よりも横にだれか渡っては来ぬかといつも待ち構えたように通路のほうばかりキョロキョロしてる輩だ。だから、おのずとお喋りの相手はこの老妓ばかりとなる。
こんな真ん中の客車に用もないのに通るのは車掌を除きだれもいない。
身を持て余した午前の10時と午後の4時にきまって私のところへ寄って、いつも己れの半世を語ってくれる。毎日話す話なのだから、どこかその一か所を小分けに掘り下げればいいものを、いつも、男と金と朋輩への嫉妬の切れぎれを混ぜ込ねた世迷言から外れることはない。問わず語らずの体を決めうんうん受け流していると、老妓は「それじゃ、お座敷が掛かっているから」と席を立ち、向こうの客車へ移ってく。
ここはちょうど真ん中なのに、彼女が向かうのはいつも決まって後ろの客車だ。いつも決まった馴染みなのよと少しくぼんだ背中で語ろうとするが、わたしは車両を移る彼女の後ろ姿を最後まで見送ることは一度もない。
あとは、ただ、寝息に変わった赤いぽっぺの少女と長い夜があるだけだ。
若い女の寝入りばななのだから席に廻って本当の顔を覗けばいいのに、わたしにそれを躊躇させるものが顔を出す。それは老妓のくぼんだ背中を最後まで見送らないことと繋がっている気がして、この平らかな日常をおびやかさなないためには必要なことと己れに課している。
今夜も老妓は戻ってこない。彼女の席の手荷物だけが彼女の帰りの番をしている。
わたしも眠ろう、少女のように。しかしここから聞こえるはずのない老妓のバチの音がやかましく、きっと、今夜も眠ることはないだろう。
今夜はどこの河岸にはまっているのだろう。どてらを羽織り火鉢を抱え酒も飲まず掌も握らずただ黙ったままじっと眠ったお客の顔はいつも殿山泰司だ。
なのに、そこには私が入っている。
わたしが眠っては、誰もいない真夜中の客車の中で太棹のバチの音ばかりがやかましい女が、あまりにも哀れではないか。
眠りの深みに落ちそうになる私を拾い、わたしは殿山泰司の中へ戻っていく。
夜が明け遅い朝をむかえた私を老婆は明日もおこしてくれるだろう。
「一晩中はなしてくれなくて、もぉー」と肩をたたいて起こしてくれる。うっすら開けた眼には、さっきまで添い寝していた男を舐めるように朝日を浴びた老妓の金歯が眩しく光ってみえた。




