中華のお玉
妻の実家のようだ。
2階から脱兎のごとく駆け下りて、中庭をぐるっと回った広縁づたいの茶の間に向かった。わたしを急かす妻は、もっと急かされて、先程まで布団に入ったままのすっ裸の格好で全力疾走してわたしを先導している。アルミサッシでなく、むかしの格子戸に収めたガラスにところどころを隠され映る妻の裸身は、さっきまでの布団の中のねんごろよりもそれを意識してない分、艶めかしい。
全力疾走だが、脚の方はもともと遅い。小学校4年で、学校にあがったばかりの妹に駆けっこで抜かれるくらいだから、お里が知れる。早足の少し手前くらいの歩幅でわたしは続く。
襖を開けると、両親と駆けっこで負け続けの妹がいるとばかり思っていた茶の間に、親戚なのかご近所なのか、わたしたちよりもひとつ上の世代のひとたちが先に始めていて、「いやぁー、どうも」の顔で一斉にこちらを振り返った。
すっぽんぽんの全裸を見られた妻は一言も発せず、開けたときよりもどこかよそ行きの音を立てない行儀作法で襖を占めると、今度は本当の全力疾走で2階に舞い戻った。
妻の実家だが、妻の登場はここだけである。
仕方ないのでわたしは閉めた襖をもう一度開け、なにごとも知らない顔で、開いてる二人分の席に着く。座布団ふたつの真ん中に座るのも行儀が悪いと、一枚を中に片付け、片側の膳に付く。酒宴の真っ最中なのだが、盛り上がっていない。人の熱気というよりも絵面がどこか全体が平べったいのだ。
大きめ座卓テーブルを二つくっつけ、同じ背格好、同じ禿げ具合パーマの当て具合の中高年がぐるりととぐろを巻いている。座卓にはお銚子とビール瓶は立っているのだが、料理と呼べるものはA3くらいに大きいが、紙サイズそのままの長方形に、切り身にしない調理もしない生のままの大小の魚が平べったく乗っているだけだ。
平べったさはここから臭ってくる気がした。
どのお客の前にもそれが出され、それだけが出されている。ほかは何もない。わたしはお客なのかもてなす側なのか、その場の空気が読めないまま差されるままに空になったコップやおちょこを差し出し飲み繋ぐ。
そろそろとラップの掛かったA3のそれを剝がそうとすると、黄色く薄い空のトレイばかりになった。
豆アジ、サヨリ、宗八カレイのどれもがラップにくっつき向こうへ行っている。見ると、そのどれも半解の氷漬けで、カチカチした霜色の白い腹をみせている。
「こりゃあ、ダメだ」と声が出そうになったが、ほかのお客でも発してないそれを、ましてこの家に片足の入っている立ち位置のわたしに、そのような不穏当な独り言が許されるはずはない。
それでも先に始めたお客たちのものは薄い腹の魚だけあって解けてきて、ラップから魚を剝がし箸を進めているようであった。
男たちはそれをアテに酒を干していけばいいが、女たちはそろそろ飯を合わせて食べたがっている。わたしが感じるくらいだから、義母は当然感じているはずなのにぴくりともそこを動こうとしない。こうした宴席に居れば、いつもなら、何がしたいのか分からなくなるほど独楽ねずみのように回っているひとなのに、なにかおかしい。
すると、中中から中華で使う柄の長いお玉を取り出し、大きな鉢にテンコ盛りされた三升飯からそれぞれの茶碗にこんもりまん丸の小山をつくって、分け与えている。
右手一本で、ぐるり取り囲んだ茶碗にあらかた収まるとお玉を中に戻して、再び眠るような低い姿勢に戻って中に潜っていった。
おばさんひとりが泣いていた。飯茶碗を抱えて泣き出した。啞然となり、箸もコップも固まりそのひとに目をやるのはわたしだけ。ほかの絵面は、当然のことのように、相変わらず平べったいままだ。
「こんなじゃなかったのに。むかしは、もっとちゃんとした料理を出していたのに」と言って泣いている。
むかし、食堂をやっていたような記憶がよぎる。白い厨房服のふたりの写真をみたような記憶がよぎる。
きっと義母は料理の何も出来ない義父に代わって、町中華で鍋をふるっていたのだ。義父は出前の配達だけやって、途中途中に長い一服をつけている。そんな男だった。義母はそんな絵面を見ても、小言ひとつこぼすこともない。
そんな夫婦だったようなと、ふわりの感慨が浮かんだら、覚めた。




