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牛乳屋の娘

 春のたゆとうでメランコリーが続くからだろうか、再びの夢をみる。

 上道(うわみち)をバスで市街に向かう途中の、ちょうど浦山のバス停が「1丁目」「2丁目」「4丁目」と連呼(れんこ)する辺り、まだまだ建てた家よりも松林の稜線が目立っていた時分の景色が現れ、その海から幾筋も蜜柑(みかん)の白い筋のような未舗装の(みち)の中のひとつを断崖を登るように上がっていく。

 息を切らしながら上がっていく男はわたしで、バスから見ているのもわたしだ。

 ただ、バスから見ているわたしは幼いらしい。靴をぬいで正座した格好で窓につかまっているから、まだ小学校にもあがってない顔をしてるはずだ。

 息を切らしやっとのことで上道にでると、それは当時よりももっと細くて、車がすれ違うのもやっとの1本道だった。

 その上をアーケード街が連なっている。雨の日、買い物にきたおばさんたちが、傘なんぞささなくても泥はねなんぞ気にしなくてもいいようにと、商店主たちが金を出し合いアーケードを掛けアスファルトに舗装したのだ。

 けれどもやはり時の経過はいなめないもので、そこは閉じたシャッターばかりが目立つ商店街に変容していた。豪華なはずの天井の高いアーケードは、ポリカーボネートの痛みが激しいのか、外の青空をすべて遮断して鉛色の薄曇りを私の足元に落とした。


 そこに牛乳屋があった。

 看板も意匠もなく、となり近所を気遣ってか二(けん)を片方ずつ割ったシャッターの一方だけを半分せり上げ、お客のことなど構っていない面持ち(おももち)だ。

 そこで牛乳を買う。

 1本、108円。財布を開けるとすぐに500円硬貨が勢いよく跳びだし、拾って中に戻すと5円玉がみつかり108円ちょうどを渡す。

 相手をしてくれるのは牛乳屋の娘だ。

 娘といっても始めがそうだったからそう呼んでるだけで、すでにとうのたった化粧っけのない顔で牛乳を渡す。

 わたしが蓋をとり、そのまま飲もうとする仕草を始めると、「また1本だけ。ねぇ、いつになったら牛乳とってくれるの」と挟んでくる。わたしもその途中から、「だって、本当はオレ、牛乳好きじゃないから。こうして崖をあがった身体だから1本を買って飲んでるだけなんだ」を続ける。

 何度も繰り返してきたやりとりなので、娘も「いつになったら」と言いながら、わたしが少しづつを量りながら移して飲めるようにと小さな計量カップを渡してくれる。わたしは、それを受け取りながら、(こぼ)さずに50mlちょうどで移した分を三口(みくち)に分けてゆっくり飲んでいく。「この(とし)になってもお腹、弱いんだよ。ゆっくり飲まないと、すぐ(くだ)すんだ」と添えて彼女の母性にすがる仕草を見せる。


 むこうは何を云っても気のないそぶりなのに、こうまで繰り返してるところをみると私はこの牛乳屋の娘が好きらしい。私の齢とどっこいどっこいの何十年が挟まっても恋焦がれてるらしい。

 むかし、バブルの時代の合コンしたとき、無理にケバく周りの女子に合わせたのに、「牛乳屋の娘」がばれて化粧っけのない朝の顔を男の子たちが無頓着で覗いていた。

「その恥ずかしさっていったら」の甘酸っぱい思い出を私はしっている。

 だからこの齢になってもあきらめず崖をあがっていくのかと気づいたら、覚めた。


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