蝶々のついたシュシュ
石野真子だったように思う。
顔のパーツがみんなアールがかった柔らかな感じで、八重歯がはっきり見えてたからきっとそうだろう。アイドルの頃でなくもう少し齢のいった大河ドラマの「いのち」に出ていた頃だ。ドラマからの重みのためか、ダークがかった背景で進んでいく。
そこに、ジョージ秋山のデロリンマンのように大きなマントで手脚ふくめて全身を隠したせむしの男が、傍らのドクターバックの口を開け、彼女の周りを幾重にも取り囲みながら何事か囁き、少しずつ少しずつ髪の毛をむしってる。
かわいそうに。
ひとの話は最後までちゃーんと聞くようにと育てられた良家の子女が禍して、ベリーショートを超えたむかしの中学生男子みたいなあたまにされている。
彼女は気づかない。
多分このまま一生気づかないんだろう。
すると、周りばかりがしって自分ひとりが気づかない憐憫がわいて、その男の悪事に無性に腹が立ってきた。
いままで隠れてるだけと思っていた男が急に態度を変え現れてきたから、悪い男は慌ててる。わたしの存在というより、ものごとが予めでない方向に進みはじめたことに怯えている。「早く店じまいしなくては」と、慌ててドクターバックの口を閉めようとする掌をねじり上げ、「お前、甘言ふりかけて髪の毛むしっていただろう」と問い詰めても吐こうとしない。こんな狭い部屋のつい先ほどまでのことなのに言い逃れようとする素振りを見せる。
石野真子はもういない。
此処はふたりで精一杯の部屋なのだ。あのあたまのまま表に出ていったのかと思うと、不憫は更に増してきて、いやがうえにも手首を締め上げる力が込み上がる。
「いたた。いたたたたたぁ、たぁー」と、吐けるだけの息を吐き出し憐憫を誘おうとしてるのだろうか。それを思うと吠えた「た」の数だけ締め上げてやりたくなった。
顔を引きつらせ、腕の肉がひきちぎれたか骨でも折れたかの大仰なさすり方をしている。きっと、時間稼ぎしながらこの後の言い訳を考えているに相違ない。その口が何か並べる前に顔を凍りつかせてやろうと、ドクターバックの口からはみ出した舌のようにギラついた蝶々柄のシュシュを曳き釣り出す。
むしった髪の毛の先が手をつないで、フェミニンなロングウェーブをつくっている。
ー おぞましい。
憑神がついているような波がたっている。
お白洲で見え切るつもりになってたわたしの顔はみるみる曇っていき、そこで覚めた。




