さむらいやめて、ボテふりでもしょうか
林与一だったろうか、あるいは里見浩太朗か。
そういった往年の正統派時代劇で、センセイの呼称で呼ばれるのっぺりした着流しのさむらいだった。
あたりは暗い。
子分連中が交じる闇夜で、抜き身を青眼に構えてじっとそれを待っている。今日一番のハイライトシーンだ。
それが、現れ出たのは糠漬け樽をそのまま腹巻きにした張り子の人形だった。
こんな仕掛けなら、あたりはパーンと照明に囲まれて、カメラと一緒に出演者一同がクネクネやらかす昭和のテレビコントのおちに繋がるかに思われた。
それが、
子分たちは気付かなかったようだが、センセイはうろたえた。糠漬け樽の張り子にうろたえた。そんなの、わたししか気付いてないのだから、すぐに引っ込めて抜き身を鞘に納めれば、次に待ってる本当のハイライトシーンまで持たせていけばいいことなのに。
センセイ、自分に正直だった。
影を落としたそのままの顔で、抜き身を鞘に納めず、「こないなもんで心が揺れるようでは、もうあかんなぁー、店閉まいやなぁー」と、総髪の髻をそのままプッツリ切り落とした。
「センセイ、こんどは坊主にでも何なさるか」と、一番の兄貴分が仁義切りのように腰を落とした神妙な顔で尋ねる。
さむらいは、キッとその兄貴分の眦に合わせたあと、いつもの柔らかな物腰で応える。
「そない生真面目なところまで考えてのことではないが、これぐらいはせんとなんだか切れんような気がして・・・・・生のあたまのまんま表に出られん間は、暫くすげがさ被ってボテ振りでもしてるわ」と、もとどりからの髷を懐中に納めて、ざんばら髪のまま闇夜に消えた。
ここがこの時代劇一番のハイライトシーンだったかと頷いたら、覚めた。




