ジュリーとのデュエット
70年代のカラーをポップにコラージュしました。
多分その前に多少なりの紆余曲折があったからなのだろう。
回転寿司のカウンターに妻と一緒に座ったら、本物よりも少し厚めに設えたクッションが尻の沈むに従って小声で、やれやれやれやれを繰り返してくる。
こんなところで今までの苦労が水になってはと、周囲に聞こえないようクッションが口説かないようなだめなだめして、空気椅子から徐々に尻を沈めていく。そんな中学生の罰ゲームみたいな苦悶の顔を妻は笑顔で見ている。
きっと、こんなことの繰り返しをさっきから延々続けているのだ。
繰り返しが過ぎたせいで、店内は無駄に明るい。CMに出てくるファミレスよりも眩しい。2段仕込みのベルトコンベヤーは磨きたてのジェラルミン色をひけらかし廻っているが、何もそこには載せてこない。
ここは、回転寿司屋ではないのだ。
ではないことは分かっても、次はやってこない。何も運んでこない。
汗は引っ込んだが未だ引っ込まない苦悶の顔を見て、妻はにこにこしながら見ている。
分かっているよりも仕掛けている類の顔だ。
こうした店のBGMには不釣り合いなほど良い音響設備から良い音楽を流している。そのくせ映像を受け持つディスプレイは注文用タッチパネルの付属品のままだ。
音が変わった。
バンドマスターの呼吸に合わせたフルバンドの生演奏が始まる。弦楽器のストリングスまで加えた豪華なプロローグが鳴り響く。
それを機に妻の目が、キターと合図した。わたしの反応が鈍いので、ほらほらっと身体を上下に揺すり、じれったさを伝えてくる。
「ラジオのリクエストなんかじゃないのよ。TVの生番組よ、これっ。ほらほらっ、ジュリー、ジュリーの曲よ。あなたがジュリーと一緒に歌うのが日本全国に流れるのよ」
言われなくたって分かってる。20年も夫婦でいればそれくらいは一緒の腹でいられる。
でも、いったい何の曲が出てくるのだろう。トキオやダーリングはキツイなぁ。最後のキメの高音、あそこでヘたったら一巻の終わりだ。勝手にしやがれだって、さんざんにイントロが盛り上げたあとの、出だし。あそこの、サッと身を引いた瞬間にスっと声を被被せられなかったら、一発でお陀仏だ。
ドリフのコントみたいに横から出てきた加藤茶や志村けんの第一声でカメラごとふにゃふにゃ曲がったオチが目に浮かぶ。
そんな心配が廻って、カタカタいって、ザ・ベストテンの黒柳徹子と久米宏ふたりの司会者の「今週の第一位」のユニゾンの声と一緒にカタカタパネルがどんどん押し寄せてくる。
カタカタカタ カタカタカタカタ カタカタカタカタカタカタカタカタ
寿司は廻ってはこないがセルフのお茶は常備されていて、いつの間に妻がつくったのか大きな湯吞みのあがりの熱いのを飲み込む。
ー あつゥー・・・・あっ、あつくない。それにしても濃いなぁー、これ。ぜったい、舌が緑色になってる。
普通より3倍かさ増しした抹茶の濃いヤツを、飲み込み飲み込み、番を待つ。
もう、目に入れて見ているのは湯吞のお茶のみどりだけだ。
それなのに、 ーわたしも見えてるわよ、その濃い抹茶の緑色。ちゃーんとそこに映ってるあなたの緊張した顔だってあなたより先に見てるんだから。
と、妻の顔は湯吞の隙間まで侵入する。あのニコニコ笑っている顔だ。
全国中継のTVのオンエアよりもジュリーとのデュエットよりも、そのニコニコ顔がプレッシャーになって、その二つを前にした緊張がなんとか保たれている気もする。
ー 大丈夫、だいじょうぶ。
と、目力のある黒目が二つとも上下に揺れて、消えたあとの濃い抹茶を最後と飲んだ。
真っ黒のままだったディスプレイから青黒い雲のようなものの渦が巻いてきた。その中から鈍い朱色の船底が顔を出す。
ー 宇宙戦艦ヤマトだ。遥か彼方のイスカンダルに赴くあの悲壮感、暗天の宇宙雲から現した全身から、こうー、にじみ出ていて・・・・・。
ヤマトより愛をこめてなら、ジュリーとのデュエットでも歌えると安心したところで、覚めた。




