ありきたりの御沙汰
何か特別の目的で行った検査・監査の申し渡しの仕事が、これから待っているらしい。わざわざ日時と場所を別に指定する作法からすると、少し大掛かりな、申し渡す方も申し渡される方もそれなりの背景を抱えた立場同士が謁えるようなので、わたしはきっと偉いんだろう。
それがあるのに、いま一番の関心事はトイレを探すことだ。建て増し建て増しの古い建物だが何度も訪れたことのある官庁舎だ。それなのに、もよおす段になってからの目当てはいつもさっぱりで、なかなかに辿着けない。膀胱の圧迫が、覚めたあとの意識を引き寄せよるように押し上げてくる。意識がそんなあちらこちらうろうろ二股していたら、やっとそれらしき所を見つけて中に入る。たいがいはそのあと奇妙な仕掛けやら造作が施されているのだが、大きな陶製だと思っていた小便器がみるみる溶けて山盛りした砂に変わっていく。それでもおしっこは山を崩すように止まらない。音まで立てて勢い良く砂の山を崩していく。
ついに砂に大きな穴が開き、小便器だった山が崩れた。その小便器が鎮座していた床から目印のような赤字で書かれた文字の類が現れてきた。注意書きのような大振りの文字でそのことだけを書いてるようだが、むろん判別できない。多分、施工のときの設置場所を記した何かだろう。まちがっても「小便不可」の四文字ではないと言い聞かせる。そんな自問自答をしていたら、そればかりでなく本当に後ろがガヤガヤうるさくなり、ひとりの大柄の男がいつの間にか入って来て、わたしの隣でもう一つの小便器に排尿を始めた。
わたしよりも幾分か年寄りだが、「長身総髪」の四文字でくくれる男だ。それが、むかしのコント番組さながらの洗濯で縮んだつんつるてんの白いスーツを着ていたので、夏の日の余所行きを待ちわびた小学生を連想させた。それが「我関せず」の顔で一心不乱に長小便をしている。こちらもジロジロ見られる立場でもないので放っておいたら、砂山に向かって長小便している男と長小便のあとの解放感に一瞥も呉れずに出ていった。
頃合だから、わたしも出ていき、指定の部屋に入る。こちらは一人なのに向こうは三人。定刻が近づきそろそろ向こうから発声があるかと思っていたら、先ほどの長身総髪がぎりぎりになって入ってきた。入ってきたときそうなるだろうと思っていたが、空いていた会議テーブルの一番前に座る。
定刻を過ぎてるわけではないが、この男からの「いやはやお待たせさせてしまうとは。遅れてしまい失礼いたしました」の社交辞令の詫びを挟んで公式の発声が始まる空気なのに、男はいつまでたっても黙ってる。空気がさざ波を立て始めたことに慌てた次の位のハゲて背ぃの低い男が「公式」から始めようとしたので、長身総髪は慌てずにそれを遮り、さざ波の立った空気の澱みを醸し出した。はじめからさざ波の立つタイミングを狙っていたような妙な落ち着き様だった。
服装や身体つきと違い、笑いは起こさず重みも感じさせない当たり障りのない筆入れだったように思うが、何を言ったかはさっぱり残っていない。その後の公式も然りである。お互い同じやんごとなき方に宮仕えしている身の上で、あちらは官房のお偉いさん、こちらはお目付けのお偉いさんであれば、開口の挨拶も含めて何も残さないかたちでおわったことが、特別の目的で行った検査・監査の申し渡しが予定どおりありきたりで滞りなく遂行されたのだと、覚めたあと推測された。




