馬橇の荷台のふたり
これで、やっと、しっくりきた。二人が包まれた荷台のように寄り添いながら雪の夜の貨車で引かれていったのは、軌道の汽車などではなく、馬が引く橇の上だった。わたしは彼女を北の地に送り返すため、いっしょに荷台で運ばれる身になって狭く小さな箱に収まっている。
貨車をひくための機械が鳴らす金属の音ではなく、そのために身体を酷使している生き物の息遣いだけが聞こえる。橇の音はしない。積もった雪の中へ戻っていく。
しっくりくると、窓のない貨車であっても馬の引く橇のあとの二筋が、雪原に延々と続いているのが浮かんで見えてきた。見えてくると、これから先の、北の地に着いたとしてもいつものようにそこには送り届けず、彼女とともに気配を消して迎えにきたひとたちをやり過ごそうとする己れのこころも見えてきた。彼女は分かっているのだ。いっしょに送ってはくれるのに、けっして送り届けてはくれないことを。それを想うと、刺し子の入ったベンガラ色の布に包まれたふたりの身の上がいっそう愛おしくなる。
貨車は扉を開けずに、馬を変え、向きを変え、ふたたび疾りだす。一番のはじめは二人して此処を出たのだった。だから、それが、戻るのことになるのか往くことになるのかさえ危うい。だから、もう、数えるのは辞めてしまった。
扉も窓も消えた貨車の中、こうしてお前とふたりベンガラ色の布に包まれた荷台のまま、ふたりのために身を酷使して運ぶ馬のいななきだけを相手に過ごすだけの今生である。
これよりほか、望むものなどあろうはずはない。




